わたしがもっとも大事にしている自著に『入門 論文の書き方』(1999年)があります。10刷りを超えたのですから、かなり売れた本です。
「入門」は、編集者がつけたので、わたしとしてはたんに「論文の書き方」を書いたにすぎません。大げさにいえば、どんな「論文」を書くのにも対応可能な内容を述べました。もちろんエッセイでも、さらには小説にだって応用可能です(と思っています)。
総じて「万能薬に妙薬はない」といわれますが、拙著は「万能薬」を目指しています。誰にでも、どんなジャンルやテーマにも、対応可能な「書き方」をです。もちろんわたしの発見ではなく、モデルがあります。梅棹忠夫『知的生産の技術』(1969年)です。わたしは梅棹さんのやり方を、さらに大衆化しました。より単純に部品化し、ベルトコンベヤー化したのです。もちろんわたしも実践者です。
しかしこのやり方は、多少ともものを書いた人や、書くことに特別の思いをもっている人たちには、不人気なのです。文章はすらすら書くものじゃない。大量生産品ではない。こう思われているのですね。
それで「定年から書く意味」というテーマの本を書けという注文が来たとき、「書き方」もふくめて、なぜ書くのか、定年後になぜ書く意味がとりわけ重要になるのか、を書きました。それが本書です。
もとは新書版で、今回、出版社を改め、文庫本になりました。新しい読者にまみえるチャンスをふたたびえたのですから、著者にとってこれほどの幸運はありません。
わたしは定年・退職後も、あいかわらず書いています。時間はありますが、スタミナは、グンと落ちました。でも、朝、目を覚まし、すぐに仕事にとりかかる生活が続いています。書き続けているからこそだと思います。それに書いたもので皆さんにまみえるチャンスもなくなったわけではありません。これも幸運に違いありません。この幸運を共有してみませんか。わたしの心からのメッセージです。
(『まず「書いてみる」生活』の文庫版あとがき)
