◆240712 読書日々 1651 朝顔の鉢が見事な花をつけたよ
咲き乱れていた空木梅花が残すところ2つぼみとなったところで、朝顔の鉢に白青の見事な花が咲いた。本物の夏到来である。といっても、ここは涼しいが。細い空気の流れが足下を通る。
『藤原不比等と紫式部』の校正を終え、ほっとしているが、何か落ち着かない。一番の理由は、使い慣れたパソコンの変換が、一向にスムースにゆかないからだ。ほおり出したくなる。
何度も何度も変換に苦労したことがあったが、何せ『大学教授になる方法』からパソコンを使い出し、もう40年以上たつ。ただし、吉本隆明論を書いたときから、部分的に、パソコンで打ち始めた。吉本の文章が、すらすらと変換されてゆくのに驚いた。あの癖があると思われている文体(?)がである。
当時、「月間鷲田小彌太」とヤユされた。それまでは、万年筆にこっていて、作家気取りといえば大げさだが、自筆にこだわっていた。パソコンで原稿を書くなんて、「作家」の面汚しだ、などと編集者などが真顔で語っていたときだ。すぐに、パソコン原稿でないと受け付けない、などという編集者が大半となった。
生涯自筆で書いた吉本の文章が、パソコンの「変換」向きだなんて、私の秘密にしてきたが、本当である。そう言えば、わたしが自筆で書いた最初の「評論」は、吉本隆明批判であった。それが、すぐに吉本の作品ばかりを読む羽目になり、分厚い吉本隆明論を書いて、「評論家」(?)の仲間入りを果たすことになり、直後に『大学教授になる方法』を出すことができた。それから30年余である。茫々というか、頭の方が茫々になったというべきだろう。
小中学時代、出席簿は、生年月日(の早い)順であった。わたしと同じ日に生まれた佐々木君とわたしが、9年間、同じ順だった。そう言えば、吉永小百合も誕生日が同じだった。それで思い起こす。映画に関する討論会で、「吉永小百合は男だ」と発言し、映画評論家の顰蹙を買ったことがある。35年前のことだった。理由はあるが、原節子と吉永小百合は、スクーリンでは「永遠の処女」である、そうな。原は、「処女作」からりっぱな女性だったが、比べると、吉永は「男性」だった。どんどん男性になっていった。