◆200306 読書日々 976
無残なり、欣也の「残日録」
雪が降る。でも、べた雪だ。なんだか温む季節がもう少しになった。そう思える。期待過剰かしら。
1 3/3 ひさしぶりに「亘」へ出向く。ところが、1日「予約」より早まったらしい。手帳を確認しなかったゆえだ。妹に送ってもらったのに、まったくもってなっていない。すぐ、中澤千磨夫さんに電話した。札幌とのこと。急遽、予定変更して出向いてもらうことにした。まったく情けない。
とくに用事があったわけではないが、ひさしぶりにお会いすることになった。亘はイトコの店だが、想像通り客がいない。でもゆっくり待つことにした。中澤さんとは久しぶりだ。というか、わたしの方が、コロナのことがあってもなくても、部屋からほとんどでていない。一緒に呑みたい以外に、特に用事がない。
それでもゆっくり刺身をつまみ、おいしい酒を飲むことができた。中澤さん、わたしより10ほど若い。小津安二郎の評論をつぎつぎに書いて、いまおおいに注目されている論客だ。しばし飲んで、きらくに河岸を移し、わたしはしばらくして迎えの車で帰還。まことにお呼びして、途中下車、もうしわけないかぎりだが、ここ二三年、このパターンが続いている。面目ない。
2 「読書日々」の総点検を始めている。070330まで進んだ。まだ3分の1だが、面白い。よくもまあ、書き、呑み、人に会った7年間だろう。これが終わったら、著作年表を再点検し、12年のあとからの分を補充しなければならない。これのほうが手間暇が掛かる。恐ろしいね。というか、楽しみもある。2012年以降は、『日本人の哲学』の完成をめざして、日(に夜を)を継いで奔命した時期だ。他のことにはほとんど気が向いていなかったように思うが、そうでもない。評伝『山本七平』(言視舎 2016)という書をもにしている。熱にうながされるように書いた。
2015年に井上さんが辞めてから、一人になった。それからもう5年になる。時の過ぎゆくままに、ではないが、わたしの生活スタイルも一変した。残務整理である。
とはいえ、ひさしぶりに書き下ろしをした。『知的読解力 養成講座』(言視舎 202003)で、もうすこしで出る予定だ。
3 ところでこの読書日々が遅れたのは、この新刊の再校をやっていて、つい曜日を忘れたからだ。ちょうど再校が終わり、ほっと一杯というところで、フッと日々のことが頭をよぎったが、背中も痛いし、頭=目もまずいということで、20時からようやく始動である。情けない。時間の感覚が大いに鈍ってきた証左だ。
でもまあ、1年ぶりの書き下ろしである。なんとかものにすることができて、肩の荷がまだ下りないが、ほっとしているところだ。
4 一仕事終えた。またぞろ、電車に乗りたくなった。まだ東北巡りから3月しか経っていないが、今度は、稚内まで腰を据えて乗ってみたいと妄想している。
トイレ本は宮本常一『ふるさとの生活』(講談社学術新書)である。なんともまだるっこしい速度だが、またそこがよろしい。わたしが愛郷の厚別を書こうとすると、パッぱっぱとフルスピードで走ってしまいそうだ。もっとも宮本さんの叙述は、ゆっくりだで、一節ごとはいたって短い。情報は粗である。ところが、歴史の点線を見事に捉えて、飽かせない。そういう叙述(省力法)で書けたら、ずいぶん違ったものになるだろうにと思うが、わたしの柄ではない(だろう)。
5 講談社の編集者だった大村彦次郎さんの時代小説や文壇の評論集は、すべて「破棄」(?)したが、また少しずつ集めはじめている。なんだと思うかも知れないが、多少は予想していた。
先日、北大路欣也主演の『三屋清左衛門残日録』の完結編なるものを見たが、凡作というより、なんといいましょうか、哀感が全くない。つぎはぎだ。こんなんでいいの? 時代小説なんだよ。こういいたい。