◆241206 読書日々 1174 「超」先進国日本!?
70代以前は、12月になると、積み残しはまずい。あと1冊書いて終わろう。「師走」は文字通り加速がつく、ダッシュだ。それに、「騒音」(邪魔)もなくなる。そう思えた。自然にだ。
80代を迎えると、「今年」もようよう1冊書くことができた。なんとか踏みとどまった。来年もなんとか続けたいな。無理かな? などと思える。実感だ。それで書く。何、鬼が笑おうとかまうものか。
鎌倉時代を書きたい。中核は「貞永式目」の「読解」。
内藤湖南 応仁の乱で日本史は2分
梅棹忠夫 封建制を通過した国(だけ)が「近代」にテイクオフできた
中川八洋『超先進国日本』(講談社 1980)
呉智英『『封建主義、その論理と情熱 さらば、さらば民主主義よ!』(情報センター出版局 1981)
等々に、特徴的な、一見、「奇策」とも思える「封建=古習」主張撃破に、「衝撃」を受けてきた。気になってしょうがなかった。
これに、橋爪大三郎『民主主義は最高の政治制度である』(現代書館 1992)を加えると、「封建」のトータルな実相が原理的に解明できる、と思える。
ただし、鎌倉時代も人間も、「二重」(「多重」)構造である。分裂している。だから面白い。そう言えば、「民主主義」を嫌った西部邁は、個体としてみれば、わたしよりずーっと「平民」(demotic)であった(、と私には思える)。
ま、内藤湖南も、梅棹も、エリート臭を決して消そう、などとは思っていなかった。「特権」を行使することに躊躇しなかった。ま、だから特段の仕事を遂げることができた、ともいえるが。