◆171222 読書日々 861
ロシア革命100年は悪夢の100年だった
寒気が少し緩んだ、それでということではないが、長沼の旧宅に向かった。といっても、わたしはもう無免許で、妻の車に同乗してだ。まず、役場で住居変更届を出す。ま、わたしは客で、離れて立っているだけだが。厚別より長沼のほうが積雪量が少ない。めざす第一のものは見つけたが、どこに何が残っているのか、相変わらずさがし出せない。それでも伊藤痴遊の「朝鮮事変」関係ものを見つけることができた。
腹が減った。仕事中の外出で、朝食がまだだった。近くの「コーヒー工房」を訪ね、カレーライスを食す。次いで、恵庭の「魚鮮」で買い出し。店はすでに年末仕様で、高齢者の客が圧倒的に多い。ちなみにまるまると太った厚岸のニシン(1尾200円)、これは焼いて、うまかった。
1 「福沢諭吉の事件簿Ⅲ」、ようやく動き出した。金玉均は、クーデタに失敗し、王を擁して新政権を立てたが、文字通り、三日天下に終わり、着の身着のままの状態で、わずか9名の同志と日本に亡命し、まずは諭吉に匿われた。金は、政府監視の下に、小笠原、札幌、東京と場所を変えて、亡命を続けたが、94年(明治27)まんまと上海におびき出され、暗殺される。他方アメリカに渡った朴泳孝等は、金の暗殺直後に朝鮮に戻り、日清戦争があり、日本政府の支援もあり、独立・開化政権を打ちたてる。
姜健栄『改革派リーダーたちの日本亡命』(KOREA TODAY連載)はとても参考になる。ただし、本が手に入らない。グーグルでpdf.を見つけ、読んだ。カンさんは、在日の医者で、面白い仕事や趣味をもっている(らしい)。
金玉均が2年近く札幌にいて、かなり奔放に各地に足跡を残している。ときに東京にも足を向けている。ただしこの人ウツで、札幌の寒さ(?)に苦しめられたようだ。
2 いまでは蒋介石政権(中華民国)が、1971年まで正式なチャイナ政権(国連常任理事国)として認められていたことは忘れられている(かのようだ)。1949年、中共に政権を奪われて逃亡、「台湾」に乗り込んできた蒋介石一党は、政治軍事独裁を断行した。だが中国共産党政権が、いまもなおチベット等で公然と行っている民族弾圧と、台湾が国民党独裁からの離脱後(1996年)、民選がはじまった政治経済状況とは、同じ線上で論じることはできない。
台湾は「独立国」である。その独立の担保が、アメリカ軍の支援だ。そうやって台湾は独立を保ち、資本主義と民主主義を推し進めてきた。繁栄の基本システムだ。ただし、「台湾」はあくまでも通称で、立派な名前を持つ。「中華民国」だ。こういう認識の上で、「タイワン」表記をマスコミが使わざるを得ないことは承知できる。だが、表現は工夫次第なのだ。この時期になっても、「台湾」を中華人民共和国の一「省」だと書く広辞苑の意向はわかるが、満州、朝鮮、琉球を属領とみなすチャイナ式歴史観と繋がらないか。
3 1990年、日本でバブルが崩壊し始めた。時を同じくして社会主義権力が各地で崩壊しだす。社会主義の祖国、ソ連邦とソ共産党独裁が解体するのを見て、中国の共産党独裁権力は開放経済を推し進める一方、共産党・解放軍独裁を死守した。独裁維持のためには手段を選ばなかった。
今年、2017年は、ロシア革命100年である。今となっては、「理想」と「希望」であった共産主義社会が、「悪夢」となった、という事実を認めないわけにはゆかない。じつはソビエト連邦共和国という「国名」は、世界がソビエト連邦内に編入されたときに完成するという意向の下で、命名されたのだ。世界共産党(コミンテルン)が指導する世界連邦(インターナショナル)だ。日本共産党はコミンテルン(本部)の文字通り「支部」で、日本はロシアの属州になるということだ。こういう共産主義革命の思想と運動が日本敗戦後まで続いたということ、1960年代には世界の過半が、地図上で、赤とピンクに彩られていた事実は、知っておいてほしい。