◆190510 読書日々 933
『福沢諭吉の事件簿』
1 懸案の『諭吉の事件簿』が出版可になった。3冊仕立てになる。試みに、完稿したので、思い切って、言視舎の杉山編集長にⅠとⅡをお送りした。もとよりデジタルでだ。予想外のいい反応があって、「出したい。売りたい(?)」という仕儀になった。わたしはほとんど「注文」で書き、それも過半は書き下ろし完成原稿を渡し、単行本にしてきた。「定稿」ということだから、「校正」で「誤植」程度の直しはあるが、特別のことがないかぎり、「朱」(直し)を入れないでやってきた。今も変わらない。これは開高健から学んだつもりだ。
今回、編集長の反応がいい。むしろ心配になって、Ⅲは「改稿」(7稿目)をすることにした。
誰にも、多少にかかわらず、「晩節云々」ということがある。「節を曲げない」を「潔し」とするような「言」を掲げるような人がいるが、ほとんどは「? & ×」をつけることにしている。
明治日本のターニングポイントは、朝鮮半島をめぐる日清・日露の戦いだ。日本は清と露という「巨大」隣国に身を曝すことになった。清の属州朝鮮は清露仏日等々の間(はざま)のなかにあった。諭吉が晩年を過ごした日々だ。他方、諭吉の想念を超える憲法制定があり、「国論の統一」があり、「脱亜論」があり、不平等条約の改正があった。
ところが諭吉の「自伝」には、この晩年の「記録」がきれいさっぱり抜け落ちている。司馬さんの『新史太閤記』のように、「太閤」になって以降の秀吉「晩節」をバッサリ切り落としてすますやり方はある。しかし、思想家諭吉の「論」を書くのだ。小説だとはいえ、司馬さん流にはゆかない。それも諭吉を近代日本最大の思想家の一人、諭吉・石橋湛山・吉本隆明とわたしは位置づけているのだ。
じゃあ、諭吉は晩節を汚したのか? Ⅲはこの問いに答えることが出来なければ、完成しない。ただし、この問いに答える「工夫」はしたが、多少とも、理屈っぽくなる。ここが難点だ。どうするか?
2 『日本人の哲学』第3巻第7部「技術の哲学」の第2章「工学」の「土木」(civil engineering)
で「東海道新幹線を造った男」島秀雄を取り上げた。父・秀雄・息子三代の「事業」(work)であった。この物語をNHKがドラマにし、再放送したのを観た。
東京・大阪間500キロを3時間半で走破、工期5年、東京オリンピック開会式までで、待ったなし。最短距離を走行する。第一、日本は社会主義国ではない。直線不能。用地買収(資金)という難関がある。それになによりも高速技術の獲得だ。
どうして工期内に工事が完成したのか? 「既成技術」を組み合わせて「先端技術」を造り出す「独創」でゆく。「経験」の組み合わせ=「実験」済みの技術以外は使わないは、「事故」回避を目した島の思いであった。
わたしは鉄道オタクではない。SLに乗って通学・帰省(札幌~大阪)した世代であり、ふたたび常用するのは御免被る。速い車も新幹線も好きだ。豊田のコマーシャルではないが、「速さ」が必要な理由も分かっている(はずだ)。
だから、上京したおり、気がついたら、各停に乗ってしまっている。でも半日乗り続けていると、新幹線や高速バスに乗り換えもする。「土木」章には飛行機と新幹線、開拓「鉄路」(植民軌道 道路登録)も書いた。面白いよ。
3 わたしが「勉強」(自学自習)に目覚めたのは、「地理」好きだったからだ。最初に読んだ単行本(?)は、小学4年時だったか、北海道年鑑の類ではなかったろうか? 夏休みの課題をすますために手にした事典(年誌)だ。自分の旧村が出てくる。旧村長・村会議員の名も出てくる。酒を飲んでくだを巻いているおっさんが、議員だった。
なによりもよかったのは、地理の本は難しくない。身近と身遠が混じり合って、どれも具体である。米作面積・総石高、人口、牛の数、……。牛の数といえば、村中の牧場が頭に浮かぶ。各場、じつに過酷な作業に思えるが、宇都宮さんは、奥さん(米国人)連れでフォルクスワーゲンに乗って、我が家(店)に日用品を買い出しに来る。つなぎのジーンズを着て、……。思い出せば切りがない。思い出すと、ちょっと切ない。