読書日々 1011

◆201106 読書日々 1011 新刊『重層的非決定』
 一昨日、初雪が降ったそうだが、気づかなかった。新刊予定の吉本隆明論の校正に夢中になっていたからだ、といえばよほど格好はいいが、目の不調で校正が儘ならならないということでもあるの。ま、老衰の一種から来るものだ。
 その校正(再考)を今朝終え、ゆうパックで隣の郵便局に出しに行ったが、今日の天候は良だ。外気は13度、風は微。この時期では普通だろう。
 1 1990年、『吉本隆明論–戦後思想史の検証』(三一書房)を出してちょうど30年経った。同時に、バタバタと東欧・ソ連社会主義国がドミノ倒しのように崩壊した。
 このとき、わたしは「資本主義の臨界点(critical point)としての社会主義」というキイ・ワードを提出し、「社会主義」は資本主義に取って代わりうる社会構成体ではなく、資本主義の「補完物」(セイフティネット)であることを明示した。『いま社会主義を考える』(三一新書 1991)においてである。この年『大学教授になる方法』(青弓社 1991)が出たのだから、わたしの作家生活が一変した年にもなった。それから30年でもある。
 随分遠くに来たようにも感じるが、年を取っただけのことかも知れない、と省みて思える。
 2 吉本隆明が亡くなったとき、「追悼文」のようなものを書いた。道新の谷口孝男さんの指名による。
《構造変化と原理論で「状況」把握  吉本隆明・読書案内 『北海道新聞』 夕刊 2014.3.14
  *「全集」(晶文社)刊行が発表された。そのコメントとして。

 まず吉本隆明(1924~2012)の思想にスポットライトをあてましょう。読書案内のためです。
 吉本は難解だといわれます。でも理解したくない人が、知識人やマスコミに多いからでもあるのです。
 案内といっても、膨大な著作のうち数冊限定で、書名(キイ・ワード)にかぎります。
1 吉本ぬきに、戦後日本の思想を語ることはできません。しかも、18世紀はイギリスのヒューム、19世紀はドイツのヘーゲルが世界標準でしたが、20世紀後半と21世紀は吉本が世界標準なのです。この時期、吉本と比肩する仕事をした人は、世界にまだいません。
2 吉本は「情況」=「現在」(いま・ここ)が抱える、流動ままならない、複雑でやわらかく、鋭い対立を呼び起こす、最も難しい問題を考え、明解に答えました。
 例えば、「不登校」「バブル」「差別」「性差」「原発」等々です。しかも「現在」の問題を、「世界史の中心の構造的変化」とのかかわりでとらえます。たとえば、「バブル」を高度=消費資本主義の不可避の現象とみなし、その肯定面、大衆が豊かになった(生存に不要な消費=浪費が生存に必要な消費=必需を上回り、労働時間が劇的に短縮した)側面に光をあてます。
 ①「現在」は『重層的な非決定へ』(85年 「重層的非決定」)
 ②「中心構造の変化」は『自立の思想的拠点』(70年 「大衆の自立」)と『大情況論』(92年 「消費資本主義」と「選択消費」)
3 吉本は流行問題を、時代の構造変化としてだけではなく、人間と世界の基本認識、つまりは哲学=原理論としてもつかまえます。人間世界全体を、最新のグローバル・ネット社会を包括する「関係の絶対性」(「存在は実体ではなく関係だ」)の哲学で、しかも対自(自己)・対他・対(つい)の3関係でつかむのです。独特なのは対=「性」関係で、この関係抜きに家族は理解できないとします。
 ③「原理」論は3部作『言語にとって美とは何か』(65年)、『共同幻想論』(68年)、『心的現象論』(71年~)です。人間の本質は「言葉」=「幻想」である、言葉は関係の絶対性としてつかまれる、という要点をおさえてください。
4 吉本の思考力の源泉は、その独特の「読解力」、書物を読み解く力にあります。書物は世界の一要素、ときに中心の一つです。書物を読まない、読めない思考の功罪はとても大きいのです。
 ④「読書」は『書物の解体学』(75年 「初期条件」)を参照ください。
 2012年3月16日に亡くなった吉本の仕事=著作から学ぶのは、これからなのです。》

 3 この11月に言視舎から刊行される新刊『重層的非決定  吉本隆明の最終マナー』をお読みください。コロナ論(新稿)もありますよ。