◆220930 読書日々 1110 『明暗』論(上)
今日は、何か妙に暖かい。戸外は風が強い。
1 『日本人の哲学』の第2巻『文芸の哲学』の改版を終えた。といっても、私家・デジタル版でのことにすぎない。
この巻は、わたしにとって未知の領域に進むを意味した。蛮勇を敢えてするの心意気であった。たいした数の文芸作品を読んできたわけではない。そもそも文芸作品とは何かの隈取りさえあったわけではない。ただし小西甚一『日本文藝史』(全5巻 講談社 1985-1992)があった。受験期に、なぜか博士の俳句』(研究社学生文庫 1952)を手にしたことがあったが、谷沢永一先生が推奨していたので、一読した。これは不思議とよく分るのである。圧巻は漱石の『明暗』論であった。この漱石の未完の書を、博士は、「意識の流れ」の最新文学潮流においているのだ。『明暗』はそれまでの漱石の作品とはまったく異質の、文学観を一新した実験小説というわけだ。
ま、驚きましたね。谷沢先生は、漱石の「大正五年」を端的に取り上げた。漱石の自己革命がそこであった、と断じる。
2 漱石の英国留学の「成果」とされる『文学論』(1907年)と『文学評論』(1909年)は、一種独特の作品で、義務的な講義目的のために行われ、ともに聴講生の講義ノートをもとにしてなったものであり、漢文学の素養のもとで育った漱石の文学識とはあいいれない評論だ、といわれてきた。そうだろうか。
この二作品の主意は(今様にいえば)「文学を科学する」で、きわめて明快だ。
《よく人から「文学は科学じゃあない、科学的に文学が研究できるものか」という言語を承ることがある……。これ等の人の言い草はあたかも花は科学じゃない。しかし植物学は科学である。……文学はもとより科学じゃない、しかし文学の批評または歴史は科学である。少なくとも一部分は科学的にやらなければならぬ。出来るかどうかはもちろん別問題である。》(『文学評論』)
折口信夫の文学研究、中村幸彦の文学研究は、行き方は違うがともに「文学を科学する」である。ただしそれが「科学」になっているかどうかは「別問題」である。まさに漱石と同じだ。別に対象は「文学」に限らない。アダム・スミスやマルクスは「経済」を科学する。カントやヘーゲルは「哲学」を科学する。科学(science Wissenschaft〔独〕)すなわち「学」の対象としての経済であり、哲学ということだ。
文学を科学する漱石の「手法」(方法)もまた、通常の文学研究者には奇妙に思えるだろうが、特異な点はない。とくに(狭義の)哲学畑のわたしにとってはだ。
漱石は文学的内容の形式を「認識〔観念〕的要素」(F)と「情緒〔感覚〕的要素」(f)の結合、(F+f)という公式で示し、その結合様式を展開する。
(F+f)などという公式で文学を評論するなどというのは実に奇妙に思えるが、①ドイツ観念論のカント・②イギリス経験論のロックやヒューム・③フランス合理論のデカルトはそれぞれ、①感性・②知覚・③感覚と①悟性・②観念・③思惟の結合の仕方によって、その哲学(立場)のちがいを表明している。漱石は②知覚が根源で観念は派生であるとするイギリス経験論の立場に立っているが、問題はその認識論の特徴いかんではなく、文学作品の分析と評価にどれだけこの公式が有効かどうかにかかっている。
漱石『文学論』の最大特長は、「文学を科学する」という主意に隠れるようにして、その冒頭から、ジョイスやプルーストに代表される「意識の流れ」の文学につながる文学論を展開していることにある。
一個人の意識は波動的性質を持つ。一刻の意識には鋭敏な頂点と微細な識域以下の波があり、意識内容は一刻一刻の連続に含まれるもっとも鋭敏な「意識頂点」の集合である。だから走馬燈のごとく回天推移してゆく個人意識や集合意識を厳正に写実すること、写実主義は不可能であり、無意味である。