読書日々 1135

◆230324 読書日々 1135 私の実践倫理学1
 雪が消え、春独特の靄っとした雰囲気が漂っている。しかし、安心は出来ない。まだ雰囲気はコロナ下だ。それに北海道は「三寒四温」というヤツで、桜が咲いても十分に寒い日に逆戻りする。長沼にいたときは、田植え冷えに襲われた。それでも、やはり温度も湿度もゆきつもどりつ上昇線をたどることは間違いない。そういえば三吉神社のお祭り(5月中旬)までは、梅雨模様の十分に寒い日がある。
 1 1983年、8年腰を据えた三重短大から札幌大学へ赴任してきた。父母が健在で、昨年1月に亡くなった末妹が、幼子3人を連れて、実家に戻ってきていた。わたしたち親子は、改・新築がなるまで2階の8畳間と2畳のベランダに寝起きした。およそ半年間、大きな書庫はすでに出来上がっていたが、書斎も寝室もない間借り生活になった。「はじめて」の親や妹家族との同居生活もあって、ストレスが溜ったが、妻の方がさぞ大変だっただろう。
 しかし、家族問題の「解法」はない、というのが私の今も変わらない考えで、ましてや三家族が同居状態を解決する方途は、ない、しかも、私といえば新職場である。「仕事」は、大学のだだっ広い、古い別棟の「研究室」(ゼミ室)ということになった。ま、貴重な「空間」だけは確保できたわけだ。
 2 札幌大学は、上昇・拡大期に当っていた。毎年およそ1万人を超える受験生が押し寄せるのである。それでか、給与も研究費も、わたしからいえば破格の待遇に思えた。41歳になって、私ははじめて、給与だけで自分の家族を養うだけの待遇をえることができたわけである。
 それまでは、学生時代はもとより、70年に結婚し、75年に定職を持ってからも、非常勤講師による収入が、生活費の過半を占める状態が続いていた。
 もっとも子供たち3人は、幼かったので、着の身着のままの生活に甘んじていた。親の貧乏振りを知ってか知らずか、休日にどこかに連れて行け、とせがまれることは「絶無」だった。わたしは結婚以来、大袈裟に言えば、政治活動を除いて、アルバイト以外の時間をすべて「研究と執筆」に費やすことをもっぱらとしていた。
 3 「家族」問題の解法(便法 handy method)は、いうまでもなく、「別空間」で生きることである。特に生活時間のほとんどを「独自」(一人)で過ごすわたしのようなものにとって、必須である。しかしそれには条件が必要だ。まず私の家族が「独立」することだ。母・妻・妹の三者関係を調整することは、わたしにはできなかったし、そんな「暇」もなかった。だから、時と機会を計って、三者を分離する。その断の非難と責任は、全部わたしが負うということになる。
 その機会はすぐに(?)やってきた。父母・妹と同居して2年、父が倒れ(3度目)、まもなく亡くなったことだ。その解法は、またの機会に書く。
 4 私の研究テーマは、大袈裟に言えば、「人間とは何か?」の「解」を求めることにある。「解」はさまざまなレベルで異なるが、私の研究=論述に一貫したテーマだ。例えば、このテーマの大きな分野=「倫理学」でいえば、私は次のようなテーマで書いていつ。私の「臨床倫理学」である。これに未完の「超倫理学 タブーの倫理学」を加えれば、完成すると思える。
 目次
 0 「人間と機械  バイオテクノロジー」(言視舎 2016 『日本人の哲学』Ⅳ所収)
 1 『脳死論──人間と非人間との間』(三一書房 1988.7.31)
 2 『日本人100人にみる「理想の死に方」』(PHP文庫 2012)
 3 『晩節を汚さない生き方』(PHP新書 2011)
 4 『死ぬ力』(講談社現代新書 2016)