読書日々 675

◆140606 読書日々 675
開高健、没後25年、あっというまだ。だが死滅しない作品が残された

1 NHKTVで、また、佐伯泰英原作のドラマが始まる。『吉原裏同心』(光文社文庫)で、わたしは原作のほうを10巻目まで読んだままになっているが、現在は20巻になっている。
 主人公は神守幹次郎(かみもり)で、豊後竹田は岡藩の侍い、上役の妻女と駆け落ちし、放浪の旅のすえ江戸にたどり着き、宿縁というべきか、腕と人柄を買われ、吉原に「裏同心」(用心棒)となって活躍するという、佐伯時代劇の定番スタイルである。吉原は町奉行支配だが、大幅な「自治」権を与えられている。この自治権を極大化したスタイルで隆慶一郎が傑作『吉原御免状』を残した。家康が与えた「自由解放区」許可書を盾に、将軍秀忠と裏柳生に対抗するという構図である。
 この神守、刀剣に凝っている。(というか、佐伯作品では、名刀をたばさむことが、劇的効果を生む要因として活用される。)そういえば、坂本龍馬も、江戸遊学のときに「道具趣味に走るな」と、老父から書面で訓戒されている。龍馬が脱藩を躊躇した理由に、腰に差す刀(佩刀)を兄から取り上げられたことがあった。同じ歳の福沢諭吉と違って、龍馬は刀にこだわっている。すでに嫁いでいた姉栄から婚家に伝わる名刀を拝借できたので、龍馬は勇躍出奔できることになったというわけだ。(のち、この家宝を龍馬に無断で与えたということで、姉は自害したという「話」が残っている。)ちなみに司馬作品では龍馬は刀を抜かないが、津本陽『龍馬』(全5)では、鮮やかに人斬りを行っている。
 神守の旧岡藩には明治維新で廃城となった竹田城がある。天空の城で、観光名所になっているが、明治維新以降、壊され、城趾遺構が残された。この遺構、横光利一の『旅愁』でもっとも印象的な場面として登場する。ここには歩けるうちにぜひいってみたい。
2 6/9~12、上京する。初日に岩崎さん、大村さんと鎌倉で会い、あとは編集の皆さんとお会いする。
 そうそう、6/13 NHK-ETV、20時「団塊スタイル」で「シニアの読書」がテーマになる。以前インタビュー(?)(いやただの飲み会か)を受けたことがある。『シニアの読書生活』を出してくれた文芸社文庫の佐々木さんも同席していた。その記者藤原さんにもお会いできる。
 『日本人の哲学3』の初校がすんだので、心置きなく(?)言視舎の杉山さんと、田中さんとお会いできる。東京は梅雨に入ったのだろうね。札幌は、昨日を境にして涼しくなった。
3 集英社インターナショナルの『kotoba』9月号に、開高健『輝ける闇』について4800字で書くことになった。開高がなくなって25年である。開高について最初に書いてから何年になるのだろうか。1980年に最初に書いて、1882年頃から断続的に書いてきた。過半(?)は、当時『潮』の編集をしていた背戸逸夫さんに書かせてもらったのではなかったろうか。義父の大学時代の友だちで、朝日新聞編集出版部長で退職した藤野順(『放浪読書学』1980)さんの紹介で、青弓社の矢野さんに出してもらった『矩形の鏡』(1982)に、すでに3本+2(短文)載っている。それからだから、開高健だけでおおよそ1冊に十分な量になる。
 第一は、書かせてもらった、そのために必死で読んだ。第二は、書かせてもらって稿料までもらった。書評集に収録されて、印税までもらった。これで一冊になって印税をもらうことができれば開高健明神である。第三、わたしとしては、開高、谷沢永一、向井敏の三人を一冊に編みたいが、と欲はつのるばかりである。
4 一つ長い仕事を終えたので、坂本龍馬のお復習いをしている。愛郷心が「無知」を土台に発動されると、「贔屓の引き倒し」になる。100パーセントなるといってもいいのではないだろうか。そんな龍馬と北海道の作品をずらずらと読んでいる。つらいね。