読書日々 1645 ままよ、これでいいのだ。 

◆240531 読書日々 1645 ままよ、これでいいのだ。
 1 定期的に「読書日記」を書きはじめたのは、「週刊・読書北海道 メール版」(復刊第5号(通巻136号  1998/12/29発行)からだ。もちろん、「稿料」なしだった。
 「書評」はその国の「文化水準を決定する」という主張を、自分なりに実践しようと思ってきたので、それまでも、有料でも無料でも、書評の依頼があれば、媒体(メディア)を問わず、新聞、週間紙誌、雑誌、ラジオ放送、あるいは、コマーシャル誌、その他媒体を選ばず、書いてきた。モデルは、谷沢永一、向井敏、開高健という、一世代前の読書の、否、書評の「虫」(蓼食う虫)だった。そして、注文があるなしにかかわらず、であった。
 てこの「読書日々」を、010509にはじめた。いまでも思い出すが、その「1」が、「日本推理作家協会賞作家を『追読』する」で、東直己さんが協会賞を受賞した作品にまつわるものだった。それから悠々20余年である。しかし、「空白」が数度ある。以前は、気づいたとき、気づかされたときに、すぐ空白を埋めてきたが、昨今は即応出来なくなってきた。
 2 最も大きな理由は、「金曜」は少し張り切らなければ、ネタがなくなったと思えるからだが、それは心理的なもので、「書いてブログに張り出した、今週もOK!」と思えたのに、スッポリ抜け落ちていることに気がつかないだけでなく、気がついた場合でも、穴を埋める方向に「力」が向かない、という状態になっているからだ。
 3 先週「アナ」が空いたという知らせを、下の娘から妻が知らされた、と忠言されたのに、穴埋めに取りかからなかった。自分では、いくつか理由があって、錯綜したのだが、ままよ、「自然」に任せよう、というべきだろう、と強く思えたからだ。一種の居直りだが、84歳になった。忘れたものは仕方がない、が自然だ、ということにする。
 3 私は、潮出版社の背戸逸夫に『潮』連載、単発で、連載で、長短さまざまな「書評」を書かせて貰った。それが縁で、同社の『文化手帖』を貰ってきた。積み上げると相当数に上るが、スケジュール帳として活用させて貰っている。背戸が亡くなった後も、それは続いている。有り難いことだ。ただし、昨今、その記帳が、ときに飛んでしまっているのに気がつくこと、しばしばになった。
 4 「金曜日」が来るのは楽しみだ。だが、ちょっと、否、大いに恐くなった。「自記」を信用あたわざる、という仕儀に陥るからだ。この対処法は、ままよ、で行く、方式しかない。それに、欠落、欠陥、はTV番組の「予約」に顕著に表れている。とんでもない番組を予約したり、消去しては2度と見ることができそうもない画面が、「永遠」(?)になくなっている、というのは気持ちにいいものではない。
 でも、ものは考えよう、消えてもいい、というより、消えるものはそうあるべくしてあったのだ、と思えるのだ。消すに消せないものなどない、そう思えたらいいじゃないか、である。
 新聞を手に取って、まず見るのは、清一さんの「折々の言葉」だ。たいていは、早朝のトイレでのことで、5/26、5/27は、ウンベルト/エーコの言葉だった。なつかしや、ミラノのアーケード街の大型書店で、ウインドウ一杯に積み上げられたエーコの著書『プラハの墓地』を思い出した。イタリア語だったが、買おうと思ってカードを取り出した。本の大きさと重さに気がつき、ま、アマゾンに注文したら買えるもね、ということで、パスした。それで、それっきりになっている。こういうのも「自然に任す」というのじゃないのか、と当時も、今も思える。より積極的にいえば、「居直り」だ。気にしない、であり、それでいいのだ、となる。