読書日々 1652 「テンチャン」・「パンパン」 

◆240719 読書日々 1652 「テンチャン」・「パンパン」
 夜、寝苦しくなった。ま、北海道にも、真夏が近づいたということか。
 1 『福沢諭吉の事件簿』(全3 言視舎)を書いたとき、わたしとしては例外中の例外だが、かなり、東京や上州各地を「取材」(?)して歩いた。夏は極端に暑く、冬は寒風が吹き荒れた。ま、短期間だったから、それに「仕事」だから、むしろ楽しみだった。ただし、田舎であろうと都会であろうと、人間に取材するのは苦手で、うんざりした、否、させた記憶がある。私には、地図と時刻表と、気車があっていると思える。ま、いまじゃ、裸眼でようやくたどれるていどだから、これもだめか。
 暑いというが、北海道は、快適に近い。気温は高いが、涼風が吹いている。暑い! と言われるかたは、どうぞ、北海道に移住したらいかがですか? こう言ってみたくなるが、「暑い」からいいのだ、という返事が返ってきそうだ。そう、そう、ローマも、パリも、ベニスも、総じてヨーロッパも、USAも、真夏は、日本と比較して遙かに暑かった。もう行きたくないか、と聞かれると、タダでも行きたくないね、と答えてしまいそう。それでも、地中海を東に向かって、もう一度イスラエルには渡ってみたい気がする。
 2 鮎川哲也『ペトロフ事件』(講談社)の文庫版を取り出して、机の上においたのは、2週間まえだ。すでに3度ほど読んだが、打ちのめされた感しか残っていない。といっても、この処女作、面白いのだ。満州の鉄道ミステリの傑作なのは、間違いない。ただし、わたしがその傑作のゆえを語れないのだ。正確には、「解説」の山前謙さんの手引きなしには、ミステリの面白さを味わえないように思えるのだ。これは、評論家を名乗る私としては、「低能」の極みである。ま、だから、何度よんでも、面白い、という理由でもある、と納得してきたが、残念至極の感は残る。83歳の切歯扼腕というところだ。
 3 日本の「国難」は、白村江の戦い、蒙古襲来、朝鮮討伐、尊皇攘夷、等々をあげることができるが、大東亜戦争で完膚なきまで敗退し、わたしたちは、幼少時、中途半端なアプレゲールにならざるを得なかった。ただし、その低劣だが、的確な標語は、「テンチャン」と「パンパン」で、坂口安吾の「墜ちる」のは、「人間」だから、というテーゼだった。鮎川の作品の根底にあるテーゼでもある。