◆240830 読書日々 1660 映画「駅前団地」
1 26日、杉山さん(言視舎社長)が、来訪された。台風の隙間をぬってのスケジュールであったが、さいわいにも、好天に恵まれた。夕方、元(私設)助手の井上美香さんも加わり、楽しい酒宴となった。急ピッチで飲んだため、私のほうは、いつものように「脱落」、早々と自室退散のていたらくと相成った。それでも、お会いできて本当にうれしかった。ビールも、酒も美味かった。
杉山さんは、1夜拙宅にとまり、翌日、隣町(大麻)に住む、イトコさんとお会いになり、無事、帰京された。何か、いや、何にも特別のことはなかったが、幸いにも、私には、人生に一区切りをつけることができたように感じられる。尋常ならざる、出版者と著者の関係は、悠々20年を閲した。幸いなるかなだ。私の晩年の主著は、みな言視舎からでたものだ。
2 それで思い出すが、地方に住んでいると、親しい諸先生の死に立ち会えない。というか、間近にいても、父母の死にさえ立ち会うことができないできた。こういうのを罰当たりというが、父母はともに、病床にあって、まじかに誰もいない時、はかったように静かになくなった。
3 杉山さんとわたしは、いつでもどこでも、「本」を書き・出すという関係だったが、最近、杉山さんも書き出した。同じテーマで、別風景を書くことを約束した。
昔、「駅前団地」という、森繁久弥・フランキー堺等を出演者とする、馬鹿馬鹿しくも面白い東宝映画シリーズがあった。原型は、井伏鱒二『駅前旅館』の洒脱さを、ドタバタ劇に転化したものだが、私には、当初、井伏の「クセ」がわからず、ただただ面白おかしく、しかし、3本立ての3番館で黙って見ていた。……その「団地」がテーマである。
私が生まれた「厚別」は、典型的な農村だった。駅前団地ができる前、1950年代、という限定がつく。映画駅前団地の舞台は、現在の西東京市で、奇しくも厚別の「ひばりヶ丘」団地と同名だった。日本公団公社=住宅の嚆矢だ……