◆241115 読書日々 1171 『推理文壇戦後史』
山村正夫作・双葉文庫・全3巻、1973年10月、双葉社から刊行された文庫版だ。
ずいぶん長い間、トイレにあった。臭いが移っても不思議がないくらいにだ。なに「文壇史」の通例に違いないといえば、そうだが、作者が「日本探偵作家クラブ」の草創期からかかわった山村の「備忘録」という体裁になっている。「作品」論は皆無なのだ。
面白くなかった1因は、私が山村の作品を1冊も読んだことがなかった、ということにもあるが、その山村をご丁寧にも、まったく別の、何の関係もない(?)作者と勘違いをしていたことによる。
恥ずかしいが、「赤旗」日曜版に連載(1962~65)された『忍びの者』の作者、村山知義と勘違いしていたのだ。こちらは.市川雷蔵主演の映画で見て、感心し、原作も読んだ。もっとも司馬遼太郎『梟の城』(「日外新聞」」新聞連載(58~59)『梟のいる都城』を改題)をすでに読んでいたので、なぜか、山村=村山と誤認して、さして疑わなかった。大失態であった。
村山・山村誤認は、日本共産党に対するバイアス(偏見)の1つに違いない。そう言えば、三津田健(「文学座」)や宇野重吉(「民藝」)の映画を見るときも、長い間、バイアイスに左右されてきたように思える。「うまい」だが「うますぎる」である。
今日、このつまらない本から「解放」された。思えば、おそそ8年間、伊賀上野=「壺中の天」に住んで、津に昼夜2日の短大、大阪に昼夜2日の非常勤講師(哲学・倫理学・ドイツ語)を「こなし」、残る3日と、夏冬の長期休暇を「自習」に熱中できた。この時期、あれもこれも、「習作」としか呼びえないものを書いたが、8年目、家郷の札幌大学から声がかかった。退任される花谷先生の推薦だった。
初めて、「給料」だけで家族5人が生活できるだけのペイをもらうことができた。1983年で、すでにバブルの時代に入っていたが、その崩壊の予兆もはっきり見通すことが可能だった。
いま書きつつある「2都物語」で、個人的事例を挙げて述べようと思う。
1つは、1982年、伊賀、夏休みのこと。伊賀神戸駅の付近で、福島さん(元文学部倫理学教室助手→大阪府立大助教授)にであった。父母が、伊賀神戸の土地を買ったそうだ。それを確認にきた。?? 地面を見ると、山林崖地に思える。そう指摘すると、ため息をつきながら、とにかく行ってみます、といわれた。あきらかに「地面詐欺」だ。
2つは、私が1985年に購入した長沼町「伊賀団地」は、高台の絶景地であった。周囲をめぐると、「はいじの里」という看板がうち捨てられている。飛行機=上空から、あれがあなたの「土地」=「はいじの里」だと売りさばいた、残骸だ。そこに、2016年まで住んで、ルンルン、家も土地も、いまもある。
……「バブルの崩壊」は、市中銀行の倒産を含む89~90年の5回の金利利上げに「はじまった」、じつは終わっていた。