読書日々 1170 ポピュリズム批判 

◆241108 読書日々 1170 ポピュリズム批判
 昨日、みぞれ交じりの冷たい雨・雪が降った。残雪は今も残っている。車を冬タイヤに取り替えるのに手間取っている人がたくさんいるだろう。
 1 米大統領選挙は、共和党のトランプの圧勝におわった。即日開票で決着がついた。
 有識者には、トランプの「ポピュリズム」ぶりを盛んに批判しているひとがいる。「無知な大衆」迎合・先導する意見や行動のことでで、トランプぶりを、独のナチズム(ヒットラ)や伊のファッシズ(ムッソリニ)と同列に置く人もいる。
 2 だが、言うまでもないが、デモクラシとは「デモス(大衆=多数者)+クラトス(権力・支配)」のことだ。正否を、多数(=数の多・少)で決着をつけること「以上」を意味しない。
 「正しい」には、大枠、2つある。「真」(truth)と「法」(right)で、2つは、必ずしも、重ならない。極論すれば、似て非なるものだ。
 自然法則は、「真」を中核に置く。社会法則は、「法」を中核に置く。2つは交わリ、ときに重なることもあれば、離反し、ときに接合することもある。
 4 「選挙」は「多数決」を基本に置く。極論すれば、ポピュリズム(大衆・迎合主義)なのだ。ただし、「大衆」の意思は変化する。反するようになれば、批判され、少数者に転じれば、次回選挙で否決される。
 だからこそ、デモクラシーは「有期限」なのだ。米大統領の任期は4年、日本の衆議院は4年。改選期を迎え、多数者の「意志変化」に適応しない大統領候補は、否も応もなく、否決される。
 5 ポピュリズムを批判するのはいい。だが、それを否定すると、「大衆の意志」、ときに「多数者の意志」を否定する、「反」民主主義、個人独裁あるいは少数独裁をよびこむことになる。ロシアやチャイナのようにだ。
 6 ポピュリズム批判は、デモクラシー批判を不可分に含んでいる。これを忘れると、有識者面をした「エリート主義」に落ち込む。お前はどうかといわれたら、「多数決」は苦手、というほかない。