読書日々 977

◆200313 読書日々 977
『時代小説盛衰史』を再購入
 降雪と融雪が入り交じる季節になった。もっともドカ雪が降る時期でもある。春がもう少しのところにあるように見えるが、春一番が吹くまではじっと我慢の子である。首を縮めて待つしかない。
 1 大村彦次郎『時代小説盛衰史』(筑摩書房 2005)を再び購入した。これあることを書籍を整理したとき予想はできたが、むしろうれしくもある。再々……読だ。この厚さだ。面白さだ。当分トイレ本には困らない(だろう)。
 523+10(索引)ページの大作、時代小説作家「伝」の装いで、作家(中里介山から司馬遼太郎以前)の内法に沿った文壇史だ。いうなれば伊藤整『日本文壇史』(全18)の時代小説版である。
 時代小説に関するエッセイ集、書き下ろし等を10冊ほど出してきた。『福沢諭吉の事件簿』(言視舎 全3)を含めると11作になる。漱石が述べているように、趣味や娯楽のたぐいが「仕事」になったのだから喜ばしいことかぎりない。
 といっても、漱石や露伴は江戸趣味が強く残るところで、文学識のなかで成長した。歌舞伎、講談、落語等々だ。漱石の『吾が輩……』は高等落語仕立てだし、露伴となると少年娯楽時代小説さえ書いている。ま、あの生真面目そうな森鴎外でも、時代小説を書いている。「歴史その儘」などと謳っているが、そういう作品ほど鴎外独特の「切り盛り」が目立つといっていい。「小説」なのだから、それでいいというか「当然」だろう。
 2 「読書日々」の整理をしている。残務整理と思ってはじめた。101029まできた。日数でいうとおよそ半分だ。自述を読んでいるのに、まったく忘れ去っていた人名や場面に出くわしてしまう。なによりも記している本人かどうか分からないほどの「書き」、「飲み」、総じて毎日の乱雑な生き方をしているように思える。
 驚くことはない。これがかつての俺なのだ、といってみたくもあるが、「過ぎ去ったもの」として否定できない部分もある。あるというか、書いていない部分のほうが多いのだから、今日の「視点」であれこれいえない、勝手に間引きできない「強度」が、同時進行で書いた日記にはある。自分から出た、自己表出ではあるが、自分から独立し、対立する「他者」であるほかないもののことだ。およそ「子ども」たちと同じだ。
 むしろ「今日のこのわたし」と同じだといわれると、気持ちが悪いというか、そうじゃない、と強くいいたくなる。ただし、断定はできない。それがアイデンティティという奴の本性だろう。
 3 三宅雪嶺のことが目の前にちらつく。哲学辞典の方は断念したが、三宅論(『異例の哲学』)を断念したわけではない。詳しい(すぎる)ノートを取ったが、予想通り「サミング・アップ」するのが厄介なのだ。「卒論」の時の轍をこの機におよんで踏んでしまった。それに再々度取りかかるのがかなりというか恐ろしい。少し間を置かなくてはと思うが、……。
 わたしの部屋には、福沢関連の本がそっくりそのまま「棚」に残っている。雪嶺の本とともにだ。雪嶺には全集が出ていない。というか、今日では、簡単に手に入る本がほとんどない。わたしが関連本を集め出したとき、その著作は予想外に高価だった。薄い一冊が、他の作家のそろいの全集を購入できる金額に等しかった、というのも珍しくなかった。
 なんとしても再挑戦したい、という気がいまはおこらない。待つしかない。雪嶺の戦時(?)「日記」(10+1冊)が待っている。「読まれる」のをだ。おまえの「日記」などどうでもいいじゃないか。そういっているようだが、……
 4 今日、わたしの78回目の誕生日だ。13日金曜日でもある。よくここまで来たな、という感慨はある。同時に、ま、いいか、という淡い気持ちも動く。もっとも黒沢監督(1910~98)の「まあだだよ」(1993)のごとくはなりたくないというか、なりえないと強く思う。なによりも「生徒」がいない。
 この映画のモデルとなった内田百閒(1889~71)はおなじみの作家だ。破天荒というか、ドイツ語の教師、海軍機関学校の教官(同僚に芥川龍之介)で法政大の教授も兼ねた。同じ法政のドイツ語教授に、関口存男(つぎお 1894~1958)がいた。ドイツ語の天才で、英語の斎藤秀三郎と並び立つ地位にあるといっていい。百鬼園と存男とのあいだには昭和初期の大学紛争時の確執があり、内田は関口によって法政を追放されたという事情もある。わたしはどちらも「奇人」で、好きだ。というか、憎めない。漱石、この門人(百鬼)にはよろこんで手こずっていたようだ。