◆151113 読書日々 480
仕事順調ですが……。体調もいいが……
1 11/9 ひさしぶりに街に出た。「きらく」で伊豆倉とあう。おたがい一人。いったん「エルミタージュ」にいき、マティニとスコッチを飲んだ。伊豆倉は相変わらずハイボールだ。きらくに戻る。唱いたいというので、「高屋敷」に電話したが、今日は休みだ。「馬車道」に、これもひさしぶりにいく。しとしとと冷たい雨が降る。客は一人。ああ、この愛した街も、もう終わりかな、と思える場面に、このごろしばしばであう。さんざん唱った。伊豆倉はうまい、といわれている。あまりすかないが、少しヤクザ口調が弱まった。老いた証拠かな。12時近く、ホテルに戻る。
11/10 青春書房から書き下ろしの注文あり。定年後、細々とやってきた。ところが3年たって、このところ書き下ろしの注文がある。妙な雰囲気だ。ま、寿命が縮まると思えば、気も楽だが、ぼやぼやはできない。
2 クリスティの最後の長編『運命の裏木戸』を読み終わった。駿馬も、老いれば駄馬になる、の見本である。あまり語りたくない。大山鳴動、ネズミ一匹の類である。それで、同じトミートタペンスものの『うずく指』をDVDで見る。これは、マープルものに編入されているが、いい。ベレスフォード夫妻、トミーとタペンス役の俳優が、他に比べていい。とぼけがとてもいい。中年で、十分きれいだが、仕事を辞め、夫からも子どもたちからもいわば無関心に扱われ、アルコールに走る情緒不安定のタペンスが、いい。それでも彼女、好奇心が止んでいない。とんでもない推理の連続だが、動物的勘というのか、真相究明に至る。なんか、身につまされる。ご用心、ご用心。
3 『死の力』は、毎日10枚、予定通り進んでいる。140枚まで来たが、あと110枚である。どうにか、10日で仕上げたい。
言うまでもないが、死ぬ力は、生きる力と表裏である。生きる力が大きければ、死ぬ力も、大きい、これが自然だ。若い人が死ぬのは、ある種、事故に近い。回避可能である。しかし、老いて、生きる力を存分に発揮できて、はじめていつでもどこでも死ぬことができる「力」をえる。わたしにはそう思える。
生きすぎると、確実に死ねなくなる。まずいことに、生死の境がわからなくなる。長寿すぎる不幸ではないだろうか。父も母も、この点では、幸せだった、と思いたい。
4 朝ドラ、「あさがきた」を観ている。五代才助が出てくる。この人、福沢諭吉や坂本龍馬との関係で、多少調べたことがある。宮本又次『五代友厚伝』(有斐閣 1980)がある。名著といっていい。幕末から明治にかけて、傑出したビジネスマンがいる。第一が、五代であり、第二に岩崎弥太郎で、第三に渋沢栄一である。諭吉も10傑に入る。四人とも官から民に移動したが、五代の働きががめざましい。とくに注目すべきは、五代が大阪経済を興隆の一途に向かわせた張本人だということにある。
北海道経済が何でいまのようにしょぼくれたものになったかというと、官主導を引きずってきたからだ。そのきっかけは、明治一四年、官有物の払い下げる措置を、マスコミ、政府(とくに長州閥)それに福沢一派が、こぞって「汚職」だとして糾弾し、民営化をお釈迦にしたことにある。その糾弾の的になったのが、大阪経済を牛耳る五代だとされた。
およそ140年前、北海道に市場経済が大きく根を張ることができたら、もう少しまともな自立の政治経済文化が、力強く伸張し、太い幹と美しい花を咲かせていたにちがいない。そう確信できる。五代友厚は、一八八五年(明治18)五一歳で逝った。生来の策士(tactician 戦略家)であった。薩英戦争で、薩摩御船奉行副役、……大阪商法会議所初代会頭。佐江衆一『士魂商才 五代友厚』(講談社文庫 2009)にあるように、松島遊郭の生みの親でもあった。学生時代、西九条で長く家庭教師をしていたが、遊郭の外郭地域の雰囲気がまだ残っていた。