◆151127 読書日々 482
*いま友人からメールがあって、読書日々が更新されていないが、とあった。驚いた。アップを忘れたのである。まずいね。
イタリア巡礼紀行のことなどを思い起こして
1 11/22、『死ぬ力』稿了。11/26、250枚きっかり、定稿。やはり疲れた。自分で設定した期間内に仕上げることができた。まずはOK。
2 11/24 大雪の日、ススキノへ。新しいシステムのホテルで、ススキノのど真ん中へ。でも結局は、木曽路、亘、エルミタージュ、煌、とわたって、きらくへ。最後は高屋敷。最後のところは、足下に気をつけていたのか、他のことはまったく記憶にない。この間、なかなか街に出ることができなかった。
3 11/30 青春出版の編集者と会う。読書論の依頼だ。うれしいね。
4 12/5 「きらく」の忘年会。妹が引き継いでから、20年になった。あっという間の感じもするが、20年はサラリーマンの勤務年数の半分だから、やはり長い。長いあいだ出来たのは、お客の力だ。ススキノは、どの店も閑散としているわけではない。でもわたしが通った店は全部、古くなった。というか、なりすぎた。わたし自身がそうだのだから、これは自嘲に近い。
それでも、ススキノはひと味もふた味も他とちがう。今日の道新のコラムに、和田由美さんが「大公」ラーメン店について書いている。この店は古い。何度か食べたが、いちどもおいしいと思ったことがなかった。だが、和田さんの筆の力か、もういちどいってみたい、という気にさせる。ま、和田さんの狸小路を愛する熱意は尋常ではない。
5 山本七平論に戻らなければならない。250枚まで来ていた。論の結構に目鼻は付いている。だがそれと、書くこととは異なる。今年中に終わることができたらいいな。
ただ『死ぬ力』で無理したので、多少はスピードが上がったようだ。中古の車だって、家だって、使わないと自壊自滅してゆく。なによりも血行障害を起こす。少し血の巡りがよくなったのをいいことに、スピードを上げてみようか。それで、壊れたりなんかして。
いまは、この一年間はまだ壊れたくないね。『日本人の哲学 4』を完成していないからだ。こちらは、自然・技術・人生の哲学を書く。エッ、おまえは自然科学の分野を書けるの、書いてもいいの、と問われれば、もちろん、書いた仕上げをご覧じろ、というほかない。
ただし、「自然」は書けなくてどうする、技術は「自然の模倣」(吉本隆明)ではないか、「人生の哲学」は立派な単行本、文字通り『人生の哲学』(海竜社 2007)がある。むしろ、今度こそ楽しく書けるのではないか、と想定している。
6 バブル期の落とし子のような豪奢な本『美食の迷宮』(田之倉稔 集英社 1991)がある。変形大判で、「イタリア縦断讃味紀行」という副題をもつ。イタリアは、巡礼の旅で、何度かいった。著者が紹介する街はほとんど回っている。トリアエステ(わたしが知っていたこの街は、イタリア領ではなかった)だけは、行きたかったが、行けなかった。わたしは、「巡礼」というより、街のたたずまい、広い意味の「文化」に関心があった。この著者は、食というより、映画に関心があるのかな、と思えた。もっとも、著者のいうように、街は動く舞台である。この本、3000円。高いのか、穏当なのか、読者の味覚しだいかな。
わたしたちは、巡礼であるという理由からだけではなく、団体であったということで、うまいものを食べる機会にほとんど恵まれなかった。ただし、ミラーノと、ベネチアで、少人数で行ったとき、旨いワインとイタリア料理を堪能した。あ、小さいが最高級ホテルにも泊まったっけ。
旅と味覚の本を読むとき、おのずと自分が足で踏んだ街が思い起こされる。紹介された12の街中、トリノ、パルマ、ボローニア、シエナ、アッシージ、ナポリ、カターニアに、足を踏み入れた。アッシージは丘の上にある狭い土地で、泊まって、食事をした。まだ中田がベルージャで活躍していたときだ。葡萄酒は、穏当の金を払ったので、おいしかった。街から少し離れた外国人専用のホテルに泊まったとき、アメリカン・バーがあって、ひさしぶりにバーボンを飲むことができ、驚かされた。