◆160205 読書日々 492
イトコの裕美ちゃんが亡くなった。男だよ。
1 暖かい。風がないからだ。冬にしてはだが、今日から札幌の雪祭りらしい。
3日、従弟の裕美さんが亡くなった。正真正銘、男だ。長いあいだ教師を務め、67歳での一生だった。男で、おそらくわたしがイトコでいちばん年上だろう。ただそれだけのことだが、茫々たるものだ。父母が長男長女であっただけの結果にすぎないが。
2 新しい仕事を始めた。即応して、佐伯泰英『居眠り磐音 江戸双紙』の50・51巻(最終巻)を、一気に読んだ。佐伯の本にはずいぶんつきあったが、やはり『密命』(全26)と坂崎磐音は、特別だ。最終2巻は、すべて決着が付いた後の、「仕舞」である。ま、気の抜けた泡である。それでも「余韻」ほどにいいものはない。この10年余、なれしたしんできた磐音と、おさらばするのである。ようやくのこと終わったか、とともに、まだ息子がこれからだぞ、という声援を発している。息子の空也は十代の半ばなのだ。
佐伯とわたしは同じ歳だ。すでに息子たちの時代である。そういえば、磐音とわたしの息子が同じ年代だ。等いうことを考えながら、この長編、書き下ろし文庫シリーズを読んできた。ただし、佐伯は、多作家だが、わたしが期待したようには、司馬はもとより吉川英治さえ超えようとはしなかった。なぜか。作家の手に余る「英雄」を描かなかったからだ。同じことは松本清張にもいえる。端的には藤沢周平だが、佐伯と周平のちがいは、周平と山本周五郎のちがいより大きい。なににせよ、15年つきあった、佐伯ともこれでおさらばできる。「サヨナラダケガ人生さ。」
3 少年期の読書を振り返った。父が講読していた『ベースボールマガジン』と『小説倶楽部』を藤本「書店」(?)に取りに行かされた。その役目が、結局、この二雑誌の最初の読者にわたしがなることを許した。などというと、わたしはいかにも「本」読みに聞こえるが、家には一冊のハードカバーの本もなかった。読むのは漫画だけであり、漫画をもっているのが見つかると、母は、有無を許さず、風呂の焚きつけにした。母は、名にし負う、教育ママだった。その母から、姿をくらますことに、子どものわたしは執念を見せていたように思う。「グッドバイ、ママ!」か。
4 読書の本を書きはじめた。「読んだ、すべて忘れた、OK!」というテーマの本だ。
どういう理由だっかか、忘れてしまった(忘れようとした)が、「暗記」はしない、とこころ決めした。自然に憶えるのは、いい。しかし、教科書を暗記するのはやめだ、と決めたのはかなり早い時期のことではなかったか。
大学で、仏哲を専攻した友人が、ゲーテの一節(ドイツ語)を朗々と暗唱するのである。別に驚かなかった。なにせ、こちとらは「暗記」は愚の骨頂、と思い決めてきたからだ。
「読んだものはすべて忘れてもいいじゃないか。」これがわたしの流儀である。ところが谷沢先生は、鬱のもっともひどいころ、「忘れることができないのだ。出て行かないと、新しく入らないのだ。ためにいっそう鬱がひどくなる。」とぼやいた。
わたしの「記憶」対処法とまったく違うように思えた。読んだものは、心に深くとどまった箇所まで、わたしは忘れることができる。忘れてしまう。先生はそれができない、というのだ。
新婚時、アルバイト等から帰ったわたしは自宅(アパートの2階)まで来て、ドアが閉まっている。電灯は点いているのに、ほとほとと叩くが、起きない。それで電話をしようとするが、電話番号を覚えていない。郷里の自宅に何度聞いたことか。電話番号は、誰のであれ、憶えないことにしている。手帖を見なければわからない。
5 『日本人の哲学4』を書くために、少しずつ関連本を読みはじめた。そうしていると、少しずつ、本が集まってくる。この進行状況が、とても楽しい。