読書日々 493

◆160212 読書日々 493
『隅の老人』も『九マイル』もご都合主義だね!?
1 暖冬を何度か経験したが、今年ほど冬が過ごしやすかったことはない。まだ冬期は終わっていないから、あくまでも中間感想にすぎない。それでも、北海道で、12・1と2月半ばを過ぎようとしているのだ。CO2による「地球温暖化」などという幼児的な短絡思考、あるいは人工的原因による暖冬などとは到底思えない。でも助かっている。一度も、下半身用の下着をつけなければならぬほどの寒さはなかった。それに除雪に一日を費やすほどの雪は降らなかった。(などというと、わたしも除雪をしているように聞こえるが、手を染めていない。わが女房の除雪機も今年は1度しか発動していない。)
 もっとも寒さや雪は、仕事量には直接関係ない。が、寒さが柔らかいぶん、仕事の方は楽だ。着々とはいえないが、目につく程度にははかどっている。今やっている青春出版の「忘れる読書」も、100枚に達しそうだ。これからが速い(と思う)。
2 今日は、ひさしぶりに街に出ようと思う。谷沢先生の二巻選集の上「文学研究」を手渡さなければならない人もいる。そうそう、下「人間通」も、「原稿」(?)を渡すことができた。コラムの名手谷沢だ。「読書・歴史・人物・現在」通でまとめた。先生は膨大な量を書かれた。その中からの精撰である。しかし、おのずと決まってきた。「文学研究」は浦西和彦(前関西大教授、直弟子)撰だが、やはりおのずと決まったのではないだろうか。おのずとは、先生の流儀に従い、ただしわたしの好みも加味して、という結果になる。
 拙著『日本人の哲学』(全5巻)には多くの日本人哲学者が登場する。誰を取りあげ、その人の何を精撰するか、も同じ調子でやっている。
2 ぽつぽつと、ミステリの短編集を読んでいる。というか再読している。心がほころびてきた性だろう。
 ドイルのホームズもののほとんどは短編集だ。ドイルは二種類、マンガも入れると三種の全集がある。こちらはよほどのことがないかぎり、再読はしない。そういえば、受験浪人期、英文で読んだっけ。ま、しゃれてだが。
 だが、ミステリは、当然というべきか、短編集がいい。クリスティでは「パーカー・パインの事件簿」(1934)が奇妙な味を出して、いい。パインが活躍するのは、創元推理文庫の12篇の他に2篇ほどある。作品数が少ないのは残念だが、この少ないことがまたパインものの魅力でもある。
 クロフツ短編集を取り出したら、なんと同じ創元推理文庫で「2」種類ある。が、表紙だけが違っているだけなのだ。1を買って、読み、2を読むために買おうとしたら、表紙が変わっているため、2と同じ表紙の1を買ったのだ(ろう)。しかもこの1・2で訳者が異なるのも、ややっこしい。これは質実で面白い。洒落も美学もない。
 楽しみにしていたオルツイOrczy『隅の老人』を開いた。ハヤカワ・ミステリ文庫と創元社文庫の2種出ている。2冊には、重複している作品とそうでない作品があり、訳者が異なる。初読のときは、その「秀抜」なヒントと老人=探偵の「異常」な推理力に感嘆しきりだった。でも、屁理屈やご都合主義、いってみればまず「結論」ありきで、そこに至る「演繹」を巧みな推理と見立てる、そんな作品だと思えるのだ。
 江戸川乱歩は、探偵小説の妙は、「奇妙な死体」を「創造」することにあるとした。乱歩の発見ではなく、ホームズもポアロも、いな、横溝正史、高木彬光、松本清張等々、誰も彼も、奇妙な死体をごろんと出す。
 ハリイ・ケメルマン『九マイルは遠すぎる』(ハヤカワ文庫)は、ニッキイ・ウェイト教授の事件簿で、これも書読のときは感嘆した。本を探したが、ミステリコーナーには見当たらない。それで買い直した。でもやはり、面白くない。ご都合主義だ。ま、ミステリだ。それでいのだ、と思えるが、ものたりない。
 いそいで小泉喜美子『メイン・ディッシュはミステリー』(新潮文庫 1984)を引っ張り出したが、「美学」や「洒落」の伝統をうしない、自然主義一色の日本ミステリーにだまされてはいけない、と強調している。ま、小泉が高い教養や深い伝統によってどれほど自己形成を遂げたか知らないが、イギリスには教養や美学が深く根づいている、などといわれると、?・Xを打ちたくなる。