◆160422 読書日々 773
丘浅次郎と今西錦司
自然の総論として今西錦司を、サル(動物)で伊谷純一郎とその補論として丘浅次郎(『進化論講話』1904)を、植物で中尾佐助とその補論として牧野富太郎、生物と無生物の間で福岡伸一(?)とその補論として南方熊楠を配しようと考えた。グッドアイディアと思える。問題なのは、わたしに蓄積がないことだ。
伊谷を読み出したら、最低10冊を読まなくてはということになり、関連文献を含めるとかなりになり、著作集(全6)も買わなくてはという思いにかられた。著作集はようやく思いとどまることができたが。
だが問題は丘である。ダーウィンの進化論を本格的に日本に持ちこんだ研究者(ドイツで学び、長年、東京高等師範生物学科教授だった)で、著述家である。丘は、明治初年生まれで、敗戦直前に亡くなった、知る人ぞ知る日本思想家の一人だ。はじめ生物の教科書を、ついで進化論の啓蒙書を多数書き、進化論にもとづいて文明批評(エッセイ)も残した。著作集(全6)もある。
生物(社会)学を、フィールドワークを通じて、経験科学にしようというのが、今西・伊谷グループのサル学である。いわば、哲学から経験科学へと橋渡ししようというわけだ。そのニホンザルの最初の成果が伊谷『高崎山のサル』(1956)で、大雑把にいえば、ニホンザルの群れにはボスがいて、その統率力で強固な集団が維持されている閉鎖社会だ、というものだった。
だが、サルのグループにはボス支配などない。そもそもボスなどいない。閉鎖社会と見えるのは、一つは高崎山のような「狭い地域」をフィールド対象としたからだ。二つにサルは他群との接触を避けるように生きているからだ。だが、けっして接触しないのではない。三つに、ときに接触しても、抗争的関係にはならず、慎重に棲み分けている。伊沢紘生『ニホンザルの生態』(1982)においてだ。今西たちも、フィールドワークで、丘と同じように、サル社会をボス支配の階級社会であるという「眼鏡」(予見)から免れなかった結果である。
今西には、「棲み分け」理論がある。カゲロウのフィールドワークからえた「結論」で、ダーウィン流の進化論の要、優勝劣敗の自然淘汰(適者生存)と「要不要」説(ラマルク)を否定する。だが目前のサル社会を観察・調査するとき、ダーウィン=丘流のサル社会=原始社会の統合原理、一元的なボス支配という「パラダイム」を暗黙のうちに受容してしまっていたことになる。
今西は、丘の本を読んだが、影響を受けなかった、という。そうだろうか。
高崎山のサルのフィールドワークの「結論」は、丘の〈サル類はたいがい数十匹または数百匹が集まって一団体となり、各団体には必ず一匹の大将があって、すべてのものは絶対的にその命令に服従している。サル類の産する地方ではこのような団体が数多く並び住んで、あるいは他種の動物の攻撃を防いだり、あるいは同種類の他の団体と戦ったりして日を暮らしているのである。〉(「猿の群れから共和国まで」1924)を実証した結果になっているのではないか。
このようなことはよくよく起こることだ。今西の棲み分け論は、種と種との関係に成り立つのであって、一社会(同種内)では「生存競争」が起こるということなのか? まったくそんなことではない。
『高崎山のサル』は、書き改められなければならない。伊沢の調査によって、さらには、アフリカのサル(ゴリラやチンパンジー)の、さらには未開原住民の調査によってだ。その先頭に立ったのが、伊谷で、自身では、今西の「なるべくしてなる」進化論に異を唱えた、というが、わたしには、今西の失われた環を求めた旅、進化のプロセスを「再現する」試みに思える。
歴史はくり返さない。生物の進化も「歴史」である。しかし、歴史過程を可能な限り、さまざまな手法を用いて、「再現」することを試みなければならない。フィールドワークもその強力な手段である。歴史小説もそうだ。評伝も、自伝も、その補助手段になる。
そうそう、今西に「丘浅次郎の進化論」がある。丘浅次郎著作集(第4)に収録されている。