◆160429 読書日々 774
ゴールデンウィークだそうだが、なにも変わっていない
1 3月の末、宮崎、大分(途中熊本をかすめ)を巡った。湯布院や日出(じ)のインターチェンジを通った。そこが、熊本地震で通行禁止になっている。ほかは、高速道路も新幹線も、ゴールデンウィークにあわせてか、開通した。よほど被害が大きかったのか? 湯布院の小路という小路は、観光客、とくにアジアの客でごった返していた。そのほとんどはバスでやってくる。観光地にとっては、大打撃ではないだろうか? ま、わたしが観光客の数を心配しても、どうということはないが。
2 ようやく車のタイヤ交換をした。引き上げる力が減じて、床にある最後の一本が持ち上がらない。縦にして抱えるようにしてなんとか車に積み上げたが、まずいね。それにしても、今日は寒い。そのうえ雨が落ちている。わが家の貧弱な桜も花を付けそうだが、これで頭を引っ込めるかも知れない。
3 中尾佐助(1916~1993)の代表作『栽培植物と農耕の起源』(岩波新書 1966)や『現代文明ふたつの源流』(朝日選書 1978)他を読んだ。「植物」を論じるためだ。確か、谷沢先生が、晩年、『Voice』連載の「巻末御免」で、中尾の著作集(全6 北大出版会 2004~06)に触れていて、ちょっとびっくりした。京大(農)出身で、長く大阪府大で教えていた中尾の著作集が、北大で出たのだ。
中尾は、学生時代から、今西錦司や梅棹忠夫に帯同して、カロリン諸島のポナペ島や内モンゴル(西北研究所)の調査研究に行き、敗戦後、マナスル登山隊にも参加している。
中尾の農耕(アグリ・カルチャアー)の起源、つまりは文化の起源を「栽培植物の発生と伝播」で説明してみせる。実にあざやかな仕事だ。「文化」(カルチャー)が「文明」になる。その二源流が、地中海農耕文化=硬葉樹林文化から近東・メソポタミヤ文明であり、照葉樹林文化から東アジア(チャイナ・東南アジア・日本)文明である。
今西『人類の誕生』(1968)の「農耕はじまる」の章は、ほとんど中尾の四大農耕文化(複合)という新説を拝借している。今西の学者としての特長の一つは、フィールドワークの諸研究を、「総括」(generalize)する能力である。ヘーゲルが、ドイツ観念論哲学(+フランス社会主義とくにルソーの社会契約論+イギリス政治経済学とくにスミスの資本主義論)の見事な総括であったことに対比することができる。なに、ドイツ観念論哲学+フランス社会主義+イギリス資本主義を「批判的に総括」したのがマルクスだという反論があるだろう。しかし、マルクスはヘーゲルの「肩」に乗っかったのだ。
4 中尾の先生は、北大出身で「ムギ博士」といわれた京大農学部の木原均(1893~1986)で、今西のさらに先輩である。中尾は木原の薫陶を受けながら、木原説(たとえば、ムギの起源やイネの起源)に訂正を迫っている。これこそ子弟のよき例の一つだ。
5 人類の起源を問うということと、樹林文化とがどのように関係あるのかは、世界の樹林帯を探検調査しないと「実感」(五感)できない。中尾は、学生時代、カラフトや興安嶺、モンゴル等東北アジアを経巡ったが、違和感しか湧かなかった。だが、戦後、東南アジアを巡り、ヒマラヤ南部・プータンにはいって、そこが日本と連続している実感をえることができた。インド北部から、チャイナの山岳部をへて日本へと至る東アジア半月弧で、照葉樹林文化というタームを提起したのだ。チグリス・ユーフラティスに囲まれた半月弧を源流とする地中海文明圏に対比される。
木原の学統を受け継いだ中尾の業績(works)が、北大出版会から出た。ただし、北海道は照葉樹林文化圏ではない、と中尾は断じる。でも、植生にも五感で応じた今西のように、「照葉」とかいわずに、「混合」でいいじゃないか。西ヨーロッパ、主として地中海を旅行者としてへめぐってきたわたしの実感の一つでもある。行かなかったが、TVで見る限り、地中海沿岸と対照的な、オーストリー、チェコ、スロベニア等は、まさに北海道の植生と似ている。