◆160520 読書日々 777
「家庭の事情」は、会社の事情よりも、簡単じゃない。じゃあ、もつれたらどうするか?
一気に暖かくなった。ワラビがじゃんじゃん生えてきた。毎日採っても採りきれない。ただし要注意は、ムシとウルシだ。わたしの天敵で、過アレルギ症(?)で、すぐにカブレる。虫除けのネットと、素肌を覆う工夫が必須である。
1 森健『小倉昌男 祈りと経営』(小学館 20160130)を、仕事(書評)で読んだ。昨年(22回)小学館ノンフィクション大賞受賞作だ。宅急便の小倉さんとは、浅かりし因縁がある。
①鷲田小彌太+中田美智子(アナウンサー)『クロネコ・BOOKクラブ』(青弓社 1991)は、FM北海道で放送した、1週毎の「本を巡る」メール=宅急便対談集だ。「直接」小倉さんと関係はない。
②わたしが曾野綾子さんの聖地巡礼の旅に最初に参加したのが、1988年(第15回)であった。確かその前年、小倉さんが参加されたと聞いた。小倉さん、クリスチャンで、奥さんの同級生(聖心女子大)が、曾野さんであった。
③小倉さんが、ヤマトを完全に退いて、福祉事業に乗りだすきっかけを与えたのが、奥さんのやはり清心女大の同級生で、北海道の修道尼院にいた岡さんの関係で、十勝の修道尼院建設費を寄付したことだった。このときすでに奥さんはなくなっていた。小倉さんは、奥さん同伴でなんども北海道を訪れ、寄付は奥さんの意志だといっている。
著者はいう。
小倉は、経営者としては、クールな理と義の人だった。運輸省の規制と権益維持に屈せず、論理と正義(「サービスが先、利益は後」)を貫いて、世界初の個人向け小口荷宅配便(クロネコヤマトの宅急便)を実現した。その小倉が、巨額の私財をと怖じて、福祉事業に乗りだした。その動機が判然としない。
なるほど妻を失った喪失感と、妻の生来の信仰、弱者救済を実現するためだ。こう語られても、すとんと落ちない。なぜなのか?
小倉は、家庭では無力というか、存在感が全くなかった。妻と娘のバトルに、口出しできず、無関与な立場に置かれた。家庭を放り出した結果に思える。そうだろうか?
著者は、家族、問題のキレまくりの娘と、別家族を持つ息子と、さらには、妻亡きあと小倉の世話をした女性に直接インタビューを敢行し、この謎を解いていく。
妻はアルコール依存症になる。娘はなんども精神科の治療を受ける。なぜか? この原因を明らかにし、家庭では無力な小倉こそ、じつは、「闘う」男の姿だった、という結論にたどり着く。(何か、うますぎる結論に思える。)
死者は語らない。「闘う家長」ではないが、会社でも闘い、家庭でも闘う、ただ闘い方が違うというのだ。興味深いが、なんか、できすぎた物語(ノンフィクション)だね。
3 大町文衛『日本昆虫記』(講談社学術文庫 〔1941〕)は、これも仕事用というか、再読で、小ぶりの本だ。大町(1898~1973)さんは、大町桂月(土佐の地酒に〔桂月〕がある)の息子で、昆虫学者、「コオロギ博士」といわれた。朝日新聞に連載したコラム集で、戦時下の食料(難)問題と絡む、なかなか時代によりそった叙述になっている。
この本を読んだ理由は二つだ。①ファーブル『昆虫記』なら、『日本昆虫記』があっていいと思えた。②大町は、三重農林高(三重大学農学部)を出て、帝大に進み、三重大に勤め、わたしが最初につとめた三重短大の学長(第2代)であった。少なくない機縁(非直接)があった。ま、本を読むチャンスは、何でもいい、といいたいわけだが、何かあるともっといい。大町さんの本にも、ファーブルの名は出てくるが、ファーブルの本とはかなり違う。こちらの方が実用的かな。