◆160527 読書日々 778
『重版出来!』はマンガ出版界のできすぎた活劇だ
ブログの写真が変わった。といってもわたしが撮ったのではない。女房の手になったものだ。自宅の近辺と思えるような風景だが、多少離れている。田舎では、「すぐそこだ」は、100メータから10キロまで幅がある、と思った方がいい。わたしの裏山にある温泉(「ユンニの湯」)といえば、ほぼ7キロあるのではないだろうか。クルマですぐだが、札幌ゴルフクラブ・ユニコースより遠い。峠を越し、馬追山の山裾をぐるっと巡って、ようやく到着する。
もう蝉が鳴き、田植えが終わり、夏へ向かって一直線のように思える。が、そうはいかないだろう。
1 TVの新番組が、まったくの低調だ。弁護士、警視庁刑事、医者ものとあいかわらずで、内容もも変わらずというところだ。
おもしろいといえば、「重版出来!」くらいのものではないだろうか。行きつけの飲み屋「たぱす」のママも、この番組だけは見ている、と興奮気味にいっていた。漫画編集者が主人公だが、出版全体、とくに作家と編集者の関係に焦点を合わせたテーマが中心にある。あ、そうそう、大河ドラマ「真田丸」はそこそこおもしろい。三谷幸喜はがんばっている。といっても、真田親子三人が出来損ないの山賊のようだ。いただけない。それに、この二本とも視聴率が高いかというと、そうではない。残念だ。
「重版」は物書きにとって、つねにめざしたい標的だ。「売れる本がいい本だ。」と言い放った編集者がいた。わたしもそう思う。しかし「売れる」ははなから決まっていない。「結果」である。
「わたしは先生の最初の読者になりたい」、という触れ込みでメールをくれて、企画(?)を立て、執筆依頼となる。なるべくその「おもい」(アイディア)を尊重し、書く。ところが、もっと初心者にわかる程度に、読みやすく、表現を変えて、書き直してほしい、と「校閲」並みにいう。校閲なら丸ごと無視できる。編集者はそうはいかない。直接の依頼者だ。だが書き直しはしんどい、というか消耗する。だから原則として、しない。わたしの場合、書き直して、売れた本は、一冊もない。「書き直しするくらいなら、まったく別なものを書け!」と自分にも他者にもいう。これは作家の我が儘だろうか? こういう自分本位(我意)をもたない人は、作家にならない方がいい、とわたしは思う。ま、惜しいが、書きためたのだ。ところがそうはいかない、というのが第7話のテーマだった。
松下電器は「二匹目のドジョウ」をつねに狙っていた。オリジナリティではなく、売れ行き先行だ。PHP研究所もそうだった。わたしが『大学教授になる方法』(1991)で売れたあと、課長・主任の二人が、「新人」編集者を連れて、出向き先のホテル(大阪)に訪ねてきて、新人をよろしく頼むといって、おいていった。この三人がわたしを物書きとして「自立」させてくれた、最初の人たちだ。書き直しは一度も命じられなかった。
谷沢先生が、晩年、ぽつりと漏らしたのは、PHPほど自由に書きたいものを書かせてくれたところがない、である。「大事にしなさい。」と言外にいわれたのだ。でも、作者も編集者も年をとる。生涯一編集者という人は少ない。
それでも新人阿達さん(いまは人事部長)との二人三脚は、ほとんどわたしの無理矢理を通す20年で、出た本は30冊、重版は半分にならないのではないだろうか。しかしこれがわたしの物書きとしての最大の幸運事である。
2 「虫」と「昆虫」は同じではない。わたしが伊賀上野でもっとも恐ろしかったのがムカデで、10センチ以上のが靴の中に潜んでいて、牙で刺す。だが、これは同じ節足動物だが、昆虫類ではない。幼童期、わたしもいっぱしの虫好きだった。しかし、すぐに、虫ずが走るようになった。浪人時代の、百足と南京虫経験で、虫アレルギーになった。ひいては、野生アレルギーへと高じた。そんなわたしが、無謀にも馬追丘陵に棲んで、虫群(蛾・蛹、亀虫、蟻、蚊、竈馬=カマドゥ=便所コオロギ等)との闘争に明け暮れている。
『日本人の哲学4』で「日本昆虫記」を書いた。すぐに、今村昌平の「にっぽん昆虫記」を思い起こした。左幸子や春川ますみが、蟷螂や蚕=蛾の化身として登場した作品だ。この監督の作品は、どれも超絶の自然主義で、溝口、小津、黒沢などのリアリズムとはまったく異質なものだ。