読書日々 810

◆161230 読書日々 810
わたしが「死ぬ」日
 1 今年最大の読書歴は、気になってきた諸分野の本とじっくりつきあえたことだ。
 最大の経験は、南部陽一郎『素粒子論の発展』(江口洋編 岩波書店 2009.3.26)等とじっくりつきあえたことだ。学生時代から気になっていた南部は、内山龍雄(阪大理学部教授)を包摂する理論分野で、大きな、だが未完の領野を切り開く思考だと、素人ながら確認できた。「自然」や「技術」の分野で、坂本賢三の著作や、今西スクールの面々、特に伊谷純一郎の思考と丹念につきあうことが出来たのも、収穫だった。74歳最後の年に、わたしにとっては未開の分野の諸著作と思う存分切り結ぶ(?)ことができた。
 こういう幸運は、「日本人の哲学」を書こうという「立志」(アンビション)の所産であった。10年かかってようやく書き終えたが、結局のところ、「自伝」を書くに等しい仕事だったということを何度も何度も確認せざるをえなかった。もういつ死んでもいいと自分でも思い、言葉に各所で出したが、「そういうヤツほど長生きするものだ」と揶揄された。そうだろうか。そうではない。大学定年を間近に控え、5年準備し、刊行し始めて5年、ようやく書き終えることが出来たのだ。緊張の10年間だったと私念できる。
 いつも思ってきたのは、鮎川信夫が吉本隆明に対して言い放った言葉、「間違うことを恐れた思考は、何も生み出さない。」というものだった。
 『日本人の哲学4』では、吉本の人生の決算とでもいうべき「反原発論」批判の意義をきっちりと書くことが出来た。ならしてみれば、吉本にわたしの70年代以降の思考は追随している、と断言できる。『吉本隆明論』を再編・再刊したい気持ちが募り、すでに書き直し終えているが、なんといっても残念なのは、原子炉「爆発」から逃げ出した原子力研究者の怠慢振りだろう。東芝が、米原発炉を買収するなどは、その最もいい例で、自国研究のおぞましさの代替物をアメリカなぞに代替できると思い込んだ、無能の所産でもある。
 2 とはいえ、返す返すも残念なのは、『日本人の哲学』を書くために読んで教えられる書物を繙読するのあまり、気ままな読書を差し控えられることを余儀なくされたことだ。わたしの頭は、余裕のない緩みを許さない読書が大量に続き、逆にすかすかになったのだ、と実感せざるを得ないことだ。
 端的にいえば、伊能忠敬の美しい「大日本輿地全図」を堪能する代わりに、その図を読み解く研究書の数々を否が応でも参照しなければならない羽目に陥ったことだ。ただし、嫌々ではなく、絵画に耽溺する前に、その絵の新奇さを読み解く方に気が走ることは、それはそれで楽しいのだから参る。でも、大冊『伊能忠敬の科学的業績』(保柳睦美編著 古今書院 1974.11.15)からは、地図を見て端的に悦ぶ楽しさは伝わってこない。
 わたしの最初の本格的読書は、帝国書院の『日本地図』であり『世界地図』だった。ただし教科書のそれではない。わたしが妻の父、中学の地理の教師に出会うずっと前に、わたしはすでに地理の変質者だった(ように思える)。
 だからというわけではないが、忠敬に再会し、その「弟子」間宮林蔵に改めて出会えたことは、慈雨に出会ったような楽しさだった。
 3 何度か、一人で野幌原生林に分け入ったことがある。小学生にはじまった。手元に残っていないが、何度か自分なりの地図を作った。子どもは鬱蒼たる原生林のように思えたが、あんがい、いまから思えば、疎林だったかも知れない。もっとも『マクベス』を最初に読んだ時、「森が動く」という実感を少年期にえていたような感じがした。森に生気が原生的にあるのではなく、人間の気が森を動かすことができる、という想念をえたのではなかったろうか。
 4 『日本人の哲学4』の再校が明日で終わる。短いあとがきを書いて、この長い仕事に切りが付く。わたしが「死んだ」記念日だ。