◆170210 読書日々 816
漢籍が読めないジャパニーズ、漢籍を失うチャイニーズ
穏やかな日が続く。当地は例年通りの積雪量になったが、雪はこれからも、否、これからが本格的だろう。
1 先週、「小活字」に難儀していると書いた。いろいろ工夫はしている。
三宅雪嶺の哲学体系本、真・善・美と人類の生活(生活過程論)という膨大(?)な、没後に刊行された主著を読んでいる。原稿用紙に直すと4300枚を超す勘定になる。東西、日支を比較・展望した雪嶺独特の「雑哲」集成著作だ。本論『宇宙』に続く、百科全書の各編、1『人類生活の状態』(上下)、2善=『東洋教政対西洋教政』(上下)、3真=『学術上の東洋西洋』(上下)、4美=『東西美術の関係』を、雪嶺の主宰する雑誌、『日本及日本人』、続く『我観』に、1908~1925年に、毎号各20枚連載した成果である。この書で、わたしたちがとうてい叶わないのは、当然といえば当然だが、漢籍の百科全書だけでなく、論語や魏志倭人伝(魏志)とうとうをはじめ、白居易や蘇東坡などから、自由自在に引いて来る能力だ。それに、幕末(加州=加賀藩)児童期にはじめた、仏語、そして学制令で始まる英・独語を存分に駆使する学力だ。雪嶺は、斎藤兆史『英語達人伝』(岩波新書 2000)が活写した、東大哲学科で二期上の岡倉天心と同じように、外国人に外国語で講義を受けた洋籍読みの申し子なのだ。もっとも、フェノロサに心酔した天心とは異なり、雪嶺は、外人教師の講義内容は、専門研究者のものではなく、大学新卒者に毛の生えたようなものだ、と喝破している。ま、この事情は今日でも残っているが。
漢籍を読む習慣や能力を失ったのは、一人戦後教育で育ったわたしたち日本人だけではない。共産チャイニーズがより一層そうだろう。日本人は、欧米語で世界と渡り合う。その欧米語がプアだと誹られて久しい。しかし、英語に堪能でも(ほとんどは会話とビジネス英語を書く程度)、自国語(ジャパニーズ)を失ったら、どうなるのか? 漢語(チャイニーズ)を失ったチャイナ人(チャイニーズ)とは、まさに「シュレミールランプ」(シャミッソー『影をなくした男』1814:祖国を失った人間)なのだ。
2 雪嶺の時代、「人類」といっても、「人類学」は、丘浅次郞(1868~1944)をはじめとする、ダーウィンの進化論の輸入・紹介が主流だった。実際、雪嶺の著作には、日本人の文献はほとんど登場しない。その中に飯島魁(いさお)編『動物学提要』(A Manual of Zoology 1918 覗いてみたくて手に入れた。)がある。当時の動物学会が総力を挙げて完成した、人類学以前の動物学の書で、菊版1000頁になんなんとする「マニュアル」だ。手にして驚いたのは、じつに丹念な作りで、図鑑としても使える提要=教科書だ。定価がなんと20円、わたしの父が生まれた時期で、菊池寛が京大を出てはじめて「時事新報」に記者で勤めた1915年の初任給が25円だったのだから、とてつもなく高価だった。この半分が註で、活字もじつに小さい。
3 3月11日1事0分~3時、登別図書館で「なぜ、北海道はミステリの宝庫なのか?」というテーマで講演する。このテーマと同名の本を、当時助手だった井上美香と共著(亜璃西社 2007)で出した。この中で傑作なのが、松本(伊藤)恵子(1891~1976)で、函館出身、青山学院(英文)を出て、ロンドンに遊学中、松本泰に会い、結婚。帰国して泰が探偵雑誌を出した。かくして恵子は、女流ミステリ作家の最初の一人になった。もっとも、名を挙げたのはアガサ・クリスティ(1890~1976)の翻訳家としてだ。なんと二人は生死がほとんど同じなのだ。クリスティが田舎生まれに対し、松本(伊藤)は、函館、ロンドン、東京の最盛期を、青春時代で過ごした、シティガールである。奇特な出版社があったもので『松本恵子探偵小説選』(論創社 2004)がでている。なお共著で、松本恵子については、井上が書いた。)
4 『日本人の哲学』の4巻(最終配本)の見本がこの17日に出る、と出版社からメールがあった。3つ折のチラシ(全5巻の内容明示)もつく。心底嬉しい。こういう日が来ると念じてこの仕事を始めたが、勝算は実のところなかった。「計画」したら仕上げる、というのがわたしの習性だが、これほどうまくゆくとは、法外のことだ。強くそう思える。今日は祝杯を挙げよう。(毎日挙げているようなものだが。)