読書日々 850

◆171006 読書日々 850
ラフカディオ・ハーンは「東洋」の血が混じっているって!?
 厚手のセータに着替えた。札幌の縁にある中山峠に初雪があった。何度もこの峠を越えて喜茂別・大滝・洞爺・倶知安等の方面へ向かったことがある。全面舗装された現在でも、難所の一つだ。吹雪のとき、この長い峠坂を下るには、決死の覚悟がいた。もっとも少年期、三輪トラックで旧中山峠を越えたときは、まさに死ぬかと思えた。もちろん舗装される前で、そこを三輪車で走るとどんなことになるか、想像されたい。まだ無謀な少年期のことだ。
 1 関口知宏のJR全線20000万キロの旅を観た。前編、縦断12000キロの旅の続編だ。2005年の再放送(アーカイブ)だ。記すことが2つある。
 (1)宮脇俊三『時刻表2万キロ』(河出書房新社 1978)の国鉄全線完乗記と『最長片道切符の旅』(新潮社 1979)の国鉄13314キロを一筆書きで走破した日本最初の記録=2著だ。関口の27年前の快挙だ。
 宮脇は、わたしもその編著をなめるようにして読んだ、いまでも拾い読みしている旅の記録者で、中央公論社を辞めた年に一念発起し、完乗を果たした。もちろんこれは私的な試みで、関口のNHK番組とは異なる。宮脇の著作と鉄道に関する編書は、古本整理でも、整理できなかった。
 (2)関口が完乗したJR搭乗の最終番組は、北海道編だった。この地もずいぶん廃線になっているが、関口が完乗した線を、江差線を除いて、わたしも利用し乗っていたことに気がついた。偶然だが、なんだか誇らしい。旅好きなわけではない。むしろ嫌いな方だろう。20歳以後は、主として車で移動してきた。それなのにだ。定年後、ダイヤル片手に、鈍行を乗り継いでみたいと思ったが、数回で、沙汰止みになった。すでに乗っていたのだ。気が進まなかったわけだ。
 「廃線」はわたしも残念だ。が、国が全面的に支援して、維持すべきだ、というのには反対だ。『日本人の哲学』第4巻第7部「技術」で、馬橇・植民軌道・新幹線・高速道路を取り上げた。日本最初の「鉄道」は、新橋横浜間ではなく、茅沼炭鉱軌道(1869)で、積丹半島に付け根にあった。宮脇編著『鉄道廃線跡を歩くⅨ』(2002)に詳しくある。無数の廃線のあとに、大げさにいえば、犠牲の上に、現行の鉄道は維持されてきた。現行線を維持するために、配線が必須なのだ。廃線時だけ、乗車に及んで、「残念だ」というのは、いいとして、「残せ」というのは、酷くないか。
 2 鮎川哲也のアンソロジーにまで手を広げ、何冊か読んだ。やはり鉄道ミステリ傑作選に目が行く。『無人踏切』(光文社文庫 *この文庫の新装版は活字が大きく助かる)は、前にもとりあげたが、あらためて西村京太郎「『雷鳥九号』殺人事件」と、赤川次郎の処女作「幽霊列車」が、鮎川もいうように、出色のできだ。この赤川の処女作に、赤川作品の骨格が透けて見える。
 オルツイ『隅の老人』(深町真理子訳)を三読した。屁理屈=ご都合主義ロジックがあまりにも多く、辟易した。初読の時、なぜあんなにも感心できたのか、いまでは不思議だ。ああそうだ。開高健がベタ褒めだったからか? ただ本書には「マルティニック島」が2度登場する。仏領で、かつてゴーギャンが、そしてラフカディオ・ヘルン(小泉・八雲)が渡った島だ。2作とも、なかなか重要な地名として、登場する。ヘルン=ハーンの母はギリシア生まれで、つまりはターキの血が入っている。それで、ハーンの東洋への憧れを云々する人もいる。間違っている。ビザンティン帝国の後継、トルコは、ギリシアから見ると東だが、ギリシア人は一度トルコ(オスマン帝国)に征服されたのだ。げんだいぎりしあじんは、むしろターキイ=トルコ人の混血なのだ。百聞は一見にしかず。
 鮎川から、鮎川フリークの山前譲編『海外トラベル・ミステリー』に手を伸ばしてみた。伴野朗「藍い幌子」(ホアンツ=看板の一種 読めますか?)は予想通りだったが、東野圭吾「コスタリカの雨は冷たい」も、えっ、あの東野が、と思える作品だった。