◆171201 読書日々 858
山田風太郎のホームズ・漱石もの
師走に入った。寒い。といっても外のこと。長沼と違って、部屋の中はすぐに暖まる。もっとも、札幌市といっても厚別はどんなにマンションが建ち並んでいても、「ムラ」っぽい。別に旧厚別に郷愁はない。貧しくても清かった、はなかった。そんなことを口にする人は、裂けるよ。
1 そうそう、NHKの「日本人のおなまえっ!」を偶然見た。「むら」の発見が大事件で、領地を離れた人が開墾集落共同体をつくって、「村」(姓)を名乗り、さらにそれが分岐して、西村、北村、等々になり、「村」の核は「中村」になった。この講釈と例証が面白かった。鎌倉期に発するらしい。
かねて鷲田流・日本通史を書いてみたいと思ってきた。古代・やまとと昭和史はすでに書いて(刊行して)いる。通史は「講義」済みだ。
2 私の曾祖父「鷲田」彌左衞門は、明治10年代に妻子とともに来道し、23年厚別に入った。その「鷲田」の名前の由来ははっきりしている。高祖父は鷲田ではなかった。もともとは福井の黒丸(城)、鶉村の百姓で、鶉で鷲というのだから、なかなかいい。ただしもともと「姓」はなかった。それが幕末「鷲田」の姓をもらった。この講釈は何度か書いた。ここでは別なことを書く。
福沢(諭吉)は、信州の「福沢」村から出た。坂本(竜馬)は江州(滋賀県)の出だそうだ。この伝でいうと、「鷲田」は黒丸城から出たから、ここで死んだ新田義貞の「末流」という妄説も、成り立ちうるかもしれない。成り立っていい。それに娘は、武蔵新田(東京多摩川沿い)に住んでいる。新田義興が戦死した場所だ。
司馬さんは、南北朝時代は、日本史のなかで最も書くに値しない、書く気がしない時期だというようなことを断言していた。片や、後醍醐天皇=建武中興期を「異例の王権」と称し、持ち上げた(下げた)のが、網野善彦・上野千鶴子・山口昌男・阿部謹也等の面々だ。その底意には、皇室伝統の揶揄や破壊があった。たしかに後醍醐は伝統破壊者で、支那「皇帝」を気取っていた。ここから日本とチャイナの根本的ちがいを展開することができる。『日本人の哲学3』に書いた。
3 『オールタイム・ベスト短編ミステリー』(宝島社文庫 赤黒 2015)がある。書題の通り、宝島社ご自慢の「このミステリーがすごい!」の特番(?)だ。連城三紀彦、江戸川乱歩、鮎川哲也が各2編、高木彬光、逢坂妻夫、大坪砂男、横山秀夫、各1編が選ばれている。連城三紀彦は初読で、「戻り川心中」(ベスト1)「桔梗の宿」は小説としても、ミステリとしても感心できなかった。解説で新保博久が書いているようにだ。ま、古山寛・ほんまりう『宵待草事件簿』(新潮社コミック 1995)の方が上じゃないだろうか? この本、確か井上美香からもらった、あぶな繪の世界に通じている。
ホームズものは、パロディ、上品にいえばパスティーシュの宝庫だ。鮎川哲也は、少年期、ホームズは読まなかった、フリーマンのソーンダイク博士ものを愛読した、といっている。わたしは、ホームズものは、専ら(?)観た。読んでもいるが(受験期には原語で読んだ)。日本版『ホームズ贋作展覧会』(河出文庫 上下 1990)の第1編、山田風太郎「黄色い下宿人」(1955)は、ミステリとしては秀逸だが、面白さでは、古山・ほんま『漱石事件簿』(新潮社 1989)の方が上だ。ただし、山田の漱石(スケッチ)のほうが、漱石の「実像」に近いと、わたしには思える。
4 今年は何人も大事な人、親しい人を失った。中澤千磨夫さんのメールで、我孫子晴美さんの死を知った。なだらかな筆致で、気取らずとんがらず、たんたんと評論も小説も、枚数通り、締め切りを守って、つねに書いた。『平岩弓枝 家族のかたち』(PHP 1997)は、注文通りのものを書いてくれた。すばらしかった。今日、我孫子さんを愛した東直己さん(原作)の「探偵はバーにいる3」が上映される。合掌。