◆171208 読書日々 859
いま、山前譲の鮎川ミステリ解説をまとめ読みしたい
6日から、妻が上京中。家庭内「離婚」(?)というのか、形の上では別「室」だから、普段とほとんど変わらないはずだ。それでも、突然ストーブが止まると、理由がわからず往生する。12月のはじめというのに、厳冬のまっただ中というような寒さだから、なおのことだ。雪もよく降る。といってもこれが北海道である。
1 「イノベーション」で、ひさしぶりに井上さんと共著「する」(?!)。北海道の最新と歴史を連結させるような、「革新」の事例と論理を書こうと思う。たとえばわたしの愛郷、白石村だ。この村、札幌市に併合されるまで、白石と厚別の2つの地区からできていた。白石は屯田兵、厚別は百姓が切り開いた。この開拓開始の性格は、わたしが中学を出るまで、基本的には変わらなかったと思える。一時、白石区になり、そして厚別区に変じた。愛郷に対する歴史感覚は、育った時代と強く繋がる。現在の白石や厚別とまったくなじまない。だが、どこがどう、何によって変わったか、そういう段になると、北海道全体と軌を一にしているように思われる。
わたしは先の戦争がはじまってから生まれた。それもまだ「戦勝」気分に国民が浸っていた時期だ。でも、なのか、だからなのか、戦争(災害)の記憶はない。戦後はほとんどの日本人が苦しかったから、それが普通に思えた。いちばんいやだったのは、被害者意識だった。わたしが体験したもっとも大きな災害は、十勝沖地震と厚別川の氾濫で水田地帯が水没したことで、大きな災害はほんのわずかだ。大阪に行って伊勢湾台風の洗礼を受け、そのすさまじさに驚嘆したが、ま、すぐに忘れた。幸いなことに大地震には見舞われなかった。息子と下の娘は学生時代、阪神淡路大震災に遭遇した。わたしはものに動じないというか、感動の装置が別物なのか、「他人事」には驚いても、「自分事」で世界観が変わるようなことはない。というか、変わった憶えがない。変わるなら、自分で変える。
下世話にいえば、驚天動地で目先は変わらない。案外と自分の身に起こったことでも、やり過ごせる。そう思っている。これを「鈍感」というのか、「沈着」というのか。
2 鮎川哲也で読みたいものは読んでしまった感がある。
伊藤整は漱石全集(新潮社)や谷崎全集(中央公論)の全巻解説を書いた。整の業績の重要な部分を占める。わたしなどは、整のこの解説を読まないで、漱石や谷崎の知ったかぶりはできまい、と思っている。
鮎川哲也でいえば、最新の光文社文庫解説を書いている山前譲だろう。中仕切りでいいから、このミステリ研究家に、すでに書いたものの集成でいいから、鮎川論を出してもらいたい、それをまとめて一冊になったものを読みたい、そう思える。文庫本の解説といえば、おざなりというか、作家とわたしの関係、というものがある。内容が陳腐というわけでも、面白くないわけでもない。だが「解説」は、増田明美のような、勉強ができる、理系女子だ、……のようなエピソードでない、競技解説をしてほしい。彼女の競技「予想」は全部はずれる。というか、当たり障りのない解説しかできない。ま、それがコメンテイタというのだろうが。
3 福沢諭吉は、次から次に、「変節」していった。「朝令暮改」と言い換えてもいい。反攘夷→容幕開化→反藩閥→民で協調→富国強兵→朝鮮=日本の生命線→日清戦争推進。リアリストに徹したとよぶこともできる。諭吉最大の「転向」は、欽定憲法が、文字面は別として、予想を遙かに超えて、よくできていたことで、その内実が諭吉の予想を超絶していたことだ。薩長政権に文明開化路線は不可能である、と考えてきた諭吉の脳天を最後的に砕いた。驚天動地ではなかったろうか。だが、それもこれも諭吉だ。驚天動地の時代を生きた思想家の姿勢だ。