読書日々 890

◆180713 読書日々 890
西部邁を語る
 論語を読むノルマを果たし、一息つこうとした。妻と約束してあった長椅子を部屋から移動し、いつものように遅い朝食を終えたとたん、日記を書くノルマをポット忘れてしまった。こういうことは最近よくある。「空白」(エアポケット)が生れるのだ。まずいが、「忘我」という自然現象でもある、と思うしかない。
 1 孔子は、56歳で亡命し、学団を率いて諸国を経巡り、65でようやく故国魯に戻ってきた。だが「平安」は訪れない。すぐに息子(鯉 50歳)を失う。翌々年、高弟で、後継者と目していた仁者顔回(41歳)を喪う。さらに衛国に仕えていた武の子路(63歳)を内乱で喪う。しかも子路は切り刻まれ、醤醢漬にされたのだ。このときの慟哭は想像するにかたくないが、翌年、孔子は74歳で死去する。
 孔子の晩年は、佐渡に流され、すべてを喪い、81歳で亡くなった世阿弥の晩年に比すことができる。それでも。孔子には子貢等が残された。でも世阿弥のすごいのは、たった一人になっても、能楽を極める歩みをやめなかったことだ。つねに「新人」(初心)として文学の道を進んだ。孔子も同じではなかったろうか。
 2 10月に、二松学舎によばれ、「論語と『わたし』(たち)」で話そうと思っている。江藤さんの引きでだ。同じ月、中澤さんのすすめで、ブレーメン館で話をすることになっている。いろいろ考えたが、こういう機会だ、西部邁さんのことを話そうと思う。西部さんについては、何度か書いたり話す機会があったが、まとめるのははじめてだ。こんなレジュメを作った。
3 西部邁 その側面
1 経済学と哲学のあいだ
 *ホモ「サピエンス」と「ホモ」エコノミクスの超え方:新世代の思考者・書き手として登場
1.1 『ソシオ・エコノミックス』1975
 *社会経済学:高田保馬(「志は朽ちざるに在り」) 『季刊現代経済』1971/3~1985/春(61号)
1.2 『経済倫理学序説』1983
 *ケインズとヴェブレン
1.3 『大衆への反逆』1983
 *オルテガ:民主主義と産業主義ののり超え
2 「真正」保守主義
 *「正義」の好きな人:〈三宅雪嶺:「国粋保存」〉、but、「目的」のために「手段」を選ばない
 *「真正」と「反」は、2重:「限界」を意識する
2.1 「反」進歩主義
 1 福田恆存と清水幾太郎
 2 田中美知太郎とプラトン
 3 福沢諭吉とケインズ
2.2 「反」産業主義
 1 「自由」市場経済はない
 2 「技術」は「直進」する
 3 but、「反」テクノクラートではない
2.3 「反」民主主義
 *「大衆」の出自
 1 「民主」主義者
 *エリート主義者ではない
 2 東大教授(知識人)は「大衆」だ
 *学恩=佐藤誠三郎(政治学)、村上泰亮(経済学)
 3 「正論」は「異論」のなかにある
 *極論を張る
3 「一歩前進二歩後退」
3.1 60年安保
 *61年、ブンド脱退:広松渉、加藤尚武
3.2 マスコミで「保守」の論客
 *中曽根に「裏切られた」
3.3 『発言者』1994~2005、『表現者』2005~
 *社会に「発言」と「表現」をやめなかった
4 西部は「私的」なものを大切にした
 *2、3の体験
4.1 「嫌われ者」
4.2 「初恋の人」
4.3 「明日、革命が起こる」*1958
4.4 「表に出ろ」
4.5 「くれる物はもらえ」
 *「他者」を語ることは「自分」を語ることでもある。