◆181109 読書日々 907
『革命とサブカル』を読む
「雪は降る……あなたは来ない、いくら呼んでも……」。アダモの日本詩(訳・安井かずみ)だ。越路は「雪が降る……」と歌った。岩谷時子訳だ。11月中旬になるというのに、雪は降らない。誰も来ない。ま、当然だが。寒いといっても、いつもより暖かい。風邪は治ったようだ。
1 拙著『大コラム 平成思潮 後半戦』(言視舎)の再校ゲラが終わった。校正がどんどんつらくなる。それにこの本、500頁を超す。体全体が痛い。
「日刊さっぽろ」(後改題「日刊ゲンダイ」)に12年間にわたって連載した書名・匿名コラムのコレクト集成だ。執筆は、当時の編集部長、鈴木義郎さんの指名によった。「札幌版」だったから、半数以上は北海道の話題を取り上げたが、コラム集はローカリズムを捨てた。
連載が終わって、2012年から『日本人の哲学』(全5巻)が出だした。完成が17年、そして18年に『平成思潮』(全2冊)が出る。どちらも言視舎から出してもらった。この間に、『谷沢永一二巻選集』(上下)、評伝『山本七平』を出している。ずいぶん働いた(ハードワーク)気がする。でもまだ多少は「脳」と「目」と「手」が動きそうだ。「おまえはもう死んでいる、」というケンシロウの声はときに聞こえてくるが、盲目聾唖にはなっていない。
そうそう、今月発売予定のこのコラム集の最終は、「補遺」に入れた、「孫に読ませたい一冊の本」(「文春アンケート」『文藝春秋』18/9)である。平成30年の日付がある。
《孫(の代)に読ませたき本はいくつもある。ただし一冊となれば、谷沢永一『紙つぶて』だ。
読んでもらいたい、読んで益するところ多い、と薦めたい本は、いくつもある。小説では、司馬遼太郎『花神』、開高健『輝ける闇』だ。評論では吉本隆明『大情況論』、岡田英弘『日本史の誕生』、山本七平『旧約聖書物語』、そして福沢諭吉『学問のすゝめ』がその一端だ。
だが「一冊」をといわれれば、書物コラム『紙つぶて』を挙げるしかない。本書は、広大無辺な書の世界を、650字、類を見ないシャープな筆さばきで、その核心を抜き出し、縦横無尽に評し尽くすのだ。「どんな本でも3行に縮尺できる。」これが著者の口癖だった。そんな奇跡は、書痴で、近代文学研究者、書誌学者、人間・歴史・書評・時評通であり、愛(雑)知の人だった著者にしてのみ可能だった(と思える)。馬には乗ってみよ。人には添ってみよ。書物は手に取り読むしかない。
本書は、著者が論壇に登場した出世作(『署名のある紙礫』1974)から、単行本『完本 紙つぶて』(78)等をへて、文庫版『紙つぶて(全)』(86)また『紙つぶて(完全版)』(99)となり、1000頁になんなんとする『紙つぶて 自作自注最終版』(2005)となった。著者畢生の書なのだ。》
拙コラム集、「書物」をベースにした時局を多く扱っている。少し乱暴だが、面白いよ。断然、自薦する。いまや「友人」の購買力がたよりだ。「買って、読んでくれた人が『友人』だ.」というのは、袖にすがるのか、脅しか?
2 安彦良和『革命とサブカル』 1968年の「対話」(第一部)を読む。それでも340頁ある。
安彦さんの世代は、「団塊」といわれ「全共闘」と言われ、わたしのつれあいと同じ時代を生きている。1960年代すべて、わたしは学生だった。66年から非常勤講師も兼ねていたが、68年から大学院の全学協議会の議長(持ち回り)になった。ところが大学改革闘争が全世界・全国で起こる。自ずとこの運動(闘争)の先頭に立つことになった。わたしの学生運動・政治闘争では、68年が分岐点であった。この点で、安彦さんと意見を同じくする。ただし「革命」ではなく、あくまで「改革」闘争ではあったが。討論内容は、(ほとんど)了解済みのことに属する。なるほどと思える点を列挙してみる。
1. 知っている人では、相米慎二(映画監督)と島成郎(ブンド書記長で精神科医)だ。語られた内容は、わたしの印象ときちんと重なる。
2. 安彦さんは反対するが、「安倍も集団的自衛権も支持する。安倍はけっこううまくやっているんじゃないか。」「『戦争できる状態』に置くことで、『戦争をどうやって避けるか』という知恵が出てくる。」(206頁 工藤:元弘大全共闘)というストレートな意見=卓見を全共闘世代から聞くのは珍しい。
3 (編集者?の意見)「昔はお皿を売るためにコンサートをやったけど、いまは逆に、お客を動員するためにCDつくっている」(339頁)
この通りで、正しく、消費中心社会への移行と捉えている。が、これを「複製技術の時代の芸術」(貴族のための芸術に対立する)というのはどうだろう? 「複製技術の時代」とは、両義的で、「コピーの時代」というのと、「すべての芸術・技術はコピーである」、という二重性をもつ(ベンヤミンや林達夫)で、この時代まだ生産中心社会のまっただ中だ。
だが、それでも、わたしと同じ時代を生きた、わたしの周りにもたくさんいた、違う世代の意見、極めて率直な議論を聞くことができる。面白い。
3 そうそう、団塊=全共闘世代論執筆を頼まれ(宝島社)、書いたが、掲載を断られたことがあって、『voice』(93/9 『時代を考えるヒント』五月書房 1994に収録)に載せてもらったことを思い出した。