読書日々 919

◆190201 読書日々 919
人を犯罪へと誘い込む脂粉
 一昨日は、新札幌駅の歯科医から、昨日はJR札幌駅からタパス(南2西7)まで歩いた。机の前とTVの前とにへばりつき、ときに寝そべって本を開くなどで、このひと月ほとんど歩くことはなかったせいか、腰が緩みと痛みでへなへなになってしまった。17年、『日本人の哲学』(全5巻)を書き上げたとき、腰が立たなく、歩くこともままならなかったときのことを思い起こした。
 今西錦司は、直立歩行・家族・言葉の三点セットを持つことによって、人間は非人間から人間になった、という。腰がへなへなとなったら、ついには直立することも直立歩行も不能になる。退化すること意味する。
 気候のせいにしていうと、寒いので歩かない。春になればおのずと歩くようになる。このくりかえしでやってきたが、どうなるやら。といっても、一昨日も昨日も、なんとか歩くことはできたが。
 タパスのドアを押し、カウンターに座って、すぐにママから背中が丸まっている、といわれた。重力の法則には逆らえないか。
 大通公園では雪まつりの石像作りが始まっていたが、大雪像のほうは、鉄骨が組み上がっているだけのように見えた。
 1 今日の日記、いつになく仕切りが長くなった。
 仕切といえば、大相撲、いよいよ白鵬の引退がまじかに見えるようになった。若手では貴景勝の外連味のない取り口が頭一つ抜け出ている。五人の花形力士、北の湖、貴乃花、白鵬もそして大鵬そして北の湖も、二十二歳当時、一気に強くなった。例外は千代ノ富士だけだろう。関脇、大関、横綱へと一またぎで駆け上った。横綱になってさらに強くなった。貴乃花が残した一粒種、貴景勝、今年中に横綱になったりなんかして。
 2 藤雪夫・藤桂子親・娘コンビの長篇ミステリ『黒水仙』(講談社 1985)を読んだ。「業病」という言葉がある。斎藤秀三郎はAn incurable disease(和英大辞典)という訳語をつけている。ミステリチャンネルでアラン・バンクスという過激な警部率いる、日本でいえば殺人事件を扱う第一課チームのドラマを見ている。舞台はロンドン郊外の広大な田園に囲まれた小都市だが、死ななきゃ治らないほど性格がねじ曲げられてしまった犯人がつぎつぎ登場する。それに対抗するチームも、過激にねじ曲がってしまった問題山積の刑事たちで構成されている。
 ところが「黒水仙」の刑事たちは、そして直接犯罪に手を染める犯人たちも、飛び抜けていい人たちなのだ。なによりも同情心があつい。
 その犯人たちを犯罪に引きずり込む死病の花粉を振りまく、死んではじめてそのディジーズから解放される「黒水仙」(肥料をやるべきときにやらず、色あせくすんでしまったラッパ水仙)のドラマだが、一種のオカルト犯罪劇の仕上げになってしまっている。残念というか、それでも最後まで読んでしまったね。
 まわりの人を不幸や不運に自然と引き込む雰囲気の人は、よくよく観察すれば、いるね。死んでなんだかほっとする人だ。そうそう、最近そういう人の一人が亡くなった。おまえもそうじゃないのか、といわれれば、ナンセンスといえないのが、ま、人間じゃないだろうか。
 3 心理学あるいは脳科学という名をつかって、占い師的な言説を振りまくコメンテータはTVトークショウでよく見かける。便利な、当たり、という電灯をつける役回りを演じているのか、何せ「脳」の反応を感知するセンサー、人工ロボットモデルで異常意識現象を読み解くというのだから、素晴らしいね。その占いは、何々研究所のデータでこうなっている、といわれる。ま、わたしだってヘーゲルはこういった。マルクスの価値論はマルクス独自のものでなく、剽窃だ、などと占いなみのご託宣を口にするがね。最近、天気予報は正確になった(といわれる)。でも気をつけたい。大本営発表があったりなんかするから。
 『黒水仙』の異常心理分析が気になるので、こんなことを書く。