読書日々 920

◆190208 読書日々 920
分厚い地政経済学の本を読む
 札幌は大寒波に襲われている。雪まつりの後半、予報では気象観測以来の寒波だという。本当かね。息をすると喉の奥、肺まで痛みが伝わるような寒さは、何度か経験したことがある。北見工大(谷口君がいた)、名寄短大(室蘭で開かれた哲学教室のときは看護婦だった佐藤さんが助教授になっていた)で特別講義をしにいったとき、などだ。もちろん、30年余り住んでいた長沼でなんども経験した。
 昨日からたしかに寒いが、こんな程度ではなかったような気がする。ま、老体だから感覚器官(センサー)が麻痺しているのかな。いま歯の工事中で、腰痛で直立二足歩行に難があり、目がときに点々となる。わたしの一番苦手な季節だが痒さは出ていないのが助かる。
 1 朝日新聞一面の人気コラム(アンソロジー)に、大岡信(1931~2017)「折々の歌」(1979~2007)があった。大岡は、わたしたちより一世代上の、開高健や谷沢永一とはひと味違うが、わたしは詩歌の評論(たとえば『紀貫之』筑摩書房 1971)を好んで手に取った一人だ。
 詩歌を中心としたアンソロジーは長い伝統がある。何か物足りないな、と感じる朝、つい大岡のアンソロジーを読む習慣ができてしまった。この連載が終わってしばらく、朝日の一面はヘッドラインに目をやる程度で過ごしてきた。ところが2015年から鷲田清一〔きよかず〕(1949~)が「折々のことば」で登場した。
 鷲田清一は、京大出身で、阪大で倫理学を講じ、のち学長になった。若いとき、川久保玲のコム・デ・ギャルソンに身を包み、メルロ・ポンティ研究の泰斗という触れ込みで、『マリークレール』(中央公論)に登場した。奇なことではないが、同じ姓で、名も清一というイトコもいる。ただし「せいいち」(わたしより一年下)だ。清一の母はわたしの母と同じ名で、叔母が亡くなったとき、母が亡くなったと勘違いし、多くの弔電や香典が到来した。母は、生前葬儀をやった「奇貨」を味わった。
 「折々のことば」だ。「歌」より数倍難しいような気がする。大岡は3割バッターであったと思うが、「ことば」のほうは1割でも上出来だろう。苦戦を強いられる。ところが、最近、続けて、たまたま、なるほどというのにであった。平凡が非凡にむかう、ということばの実例ではなかろうか。

〈お前が絵を描くなら、文章を書くなら、このまちの住人になるなよ。距離を取れ。〉(1966 19/2/4)
〈私たちは「三人目」を探さなければいけないのではないだろうか。〉(同 1968 19/2/6~)
 ともに東日本大震災を経験した人の「ことば」だ。清一の解説も出過ぎていない。
 2 『福沢諭吉の事件簿 Ⅲ』の最終章は、「富国と強兵」だ。すでに諭吉はなくなっている。諭吉に成り代わって、諭吉の分身ともいえる登場人物たちが額を集めてこのテーマを論じる。
 諭吉の「文明開化」の実質を一言で表せば「富国強兵」である。イギリスのアダム・スミス(『国富論』)だって、スミスを批判したドイツのリスト(『経済学の国民的体系』)だって「富国強兵」である。それ以外の選択はなかっただろう。
 「富国強兵」は、日本の戦後意識でいえば、ヘーゲルの「絶対矛盾的自己統一」である。だが諭吉は、富国と強兵を矛盾とも対立とも捉えていない。富国のないところ強兵もない。強兵のないところ富国もないととらえる。とくに海軍の強化・増強を、そのための予算拡大を、したがって増税を忌憚なく主張している。なぜか、「富国強兵」なくして、「独立自尊」たりえないとするからだ。
 3 ドンピシャリ、『富国と強兵』(東洋経済新報社 2016)という本を手にした。作者は中野剛志(1971~)で若い。西部邁の信奉者だというので、名前は知っていた。副題は「地政経済学序説」とある。わたしは地政学にはいかがわしさを感じてきた。しかし読まない手はない。和辻の『風土論』だって読んできたのだ。むしろ中川八洋さんの『地政学の論理 拡大するハートランドと日本の戦略』(徳間書店  2009)のように、ゲオポリティクスを正面にたてて論じる論者に好感をもってきた。
 中野さんの『富国と強兵』を読み始めると、諭吉の時代と現代が数珠つなぎでつながっていることに気がつく。司馬さんのように、日露戦争までは「富国強兵」は世界の趨勢だったが、以降は間違った、という論にはひとつの数珠玉が欠落している。そう考えて、書いてきた。この本には地政学では解けない、中心環(数珠玉)が埋め込まれているように思える。この本厚い、といってもKindleで購入したのだが。