読書日々 932

◆190503 読書日々 932
多少とも励みをもつ ま、生きているの証左か
 すぐ近くの信濃神社の境内を歩いた。桜が満開とはいかないが、美しい。昨年9月の地震と台風で少なからず折れたりしたが、美しさをとどめている。信濃神社は戦前、官幣小社(昭和30年くらいまではたしかにこの名が刻まれていたがいま削られてない)、このあたりでは由緒ある神社で、学校とともに、新築される前は木造、なかなかの風情だった。その面影はいまはもうないものの、それでも60年前よりも立木がぐーんと成長している。まわりはマンションが建っていても、静かだ。小雨が降ってきたので、小散歩ははやめに切り替えた。
 1 昨夏は、灼熱のなか黒磯(栃木)から在来線を乗り継いで仙台まで乗った。青森まで行きたかったが、東北「本線」といいながら、直行便は皆無。いたしかたなく、仙台から新幹線に乗らざるをえなかった。
 その仙台から「いわき」までの「鉄道絶景旅」をTVで堪能した。TVで「旅」だなんてバーチャルじゃないかというなかれ。わたしの旅は、宮脇俊三の鉄道旅、宮本常一の歩・バス・船・鉄道旅、鮎川哲也のミステリー旅で、47都道府県への実地旅を実現してはいるものの、そのほとんどは紙・映像の旅である。これなくば往時の風景が蘇らない。そうそう小津「父と子」の鉄道旅(東京→秋田)は映画で観た。
 仙台から郡山まで東北本線、これはなんども実地に乗った。その途次に「白石」がある。わたしは旧白石村字厚別に生れた。仙台支藩白石藩(城主・片倉小十郎)の城があったところで、現在は「市」だが、片田舎のたたずまいがある。白石川の堤には桜が植えられ、じつに美しい。なお、わが旧白石村には厚別川が流れているが、豊平川の支流で、上流にはアシリベツ滝がある。
 郡山が磐越東線の分岐点で、阿武隈山地の終点いわき(平)で常磐線に接続する。この東線は、一度乗ってみたいが、途中はほとんどが山のなか、名所旧跡に富んでいる。見てきたようにいうが、三春(伊達政宗正室=三春城主の娘・愛姫)、田村(駅伝の強い田村高校、それにいわきスパリゾート(ハワイアン)等々、記憶に残るところがある。
 2 29日、夫婦で電車(厚別→札幌)に乗り、街に出た。市電に乗るためで、外環状線でぐるりと一回りした。ただそれだけのことだが、高校生、通学電車に乗ったときの記憶をたどることはできた。古い建物が残っているところもあるものの、看板の字が読めない。
 終点まじかの西11丁目で降りて、いまはなき北方文芸事務所の近くにあった「志野」で蕎麦を食べ、狸小路を歩き、コーヒーを飲み、駅まで歩いて帰ってきただけだった。でもずいぶんひさしぶりの夫婦での(車以外での)外出となった。
 3 「フォイルの戦争」(刑事フォイル)の続編(戦後)が放映されはじめた。脚本は、今評判のアンソニー・ホロビッツ(1955~)で、シャーロック・ホームズもの『絹の家』(2011 東京創元社 2013)は期待して読んだが、訳文がパッとしなかった。今評判の『カササギ殺人事件』( 2016 東京創元社 2018)は読みたいと思っていながら、まだ手にしていない。
 警察(警視正)を辞めたフォイルは、ひょんなことからついに情報局保安部(MI 5)に入ることになるが、警察とは犬猿の仲で、楽しみだ。
 4 雪嶺『東洋教政対西洋政教』(上下)に入って、摘要(summary)をつくっている。やっかいなのは、縦横に引用される漢籍で、とても歯が立たない。雪嶺は漱石や鴎外の少し上で、英語も漢語も縦横無尽で、残念ながら、食らいつくしかない。
 雪嶺個人誌『我観』に連載されたもので、他の三篇とともに、「遺稿」(全7冊)として実業世界社から出版されている。遺稿集には『同時代史』(岩波書店 全6冊)がある。こちらはよくよく参照されるのに、注記されることない(無断借用される)名著になっているが、雪嶺の哲学体系(エンチクロペディ 善7冊)のほうは、ほとんど読まれることなく終わってきた。せめて、その欠くらいは塞ぎたいものだ。
 雪嶺は文字通りの哲学者で、西田や田辺や三木それに広松渉が「純哲」=学校哲学(スコラ)の敷衍にこれ努めたのに対し、哲学の王道を歩んだ数少ない世界人だ。ま、わたしにいわせれば、「小説」の露伴と肩を並べるといっていい。