◆190426 読書日々 931
福田蘭童『志賀先生の台所』
最近、食卓にカレイの煮付がよく出る。肉厚で値段の割に旨い。昨晩食べたのは、魚屋いうところ、神恵内の「水草」カレイだそう。わざわざまずそうな名前をつける必要もあるまいが、妻が魚類図鑑を引いても、もちろん出てこないはずだ。ヒラメやカレイは身を隠せる広葉樹林の下草が密生した場所も好むそうで、はたして神恵内の岩場にそんな箇所があるのかしら(?)
神恵内といえば、北海道に戻って(1983年)、何度か野営したことがあったが、唯一、家族とともに海水浴に行ったところだ。石・砂場にテントを張って一泊した。背中が痛くて寝付けないはずだったが、眠れた。ジンジン日が照りつけるなか、義妹がバケツ一杯の毛ガニをもらってきた。漁師の手伝いをしたお礼に、ということで、煮て食べる。毛ガニには、多少縁(話せば長くなる)があり、大好物だった。それにしても食べ過ぎた。当然、雑菌だらけだから、下痢に襲われる。ただしわたしはなんともなかった(と憶えている)。雑菌に対して胃袋は強い。
1 釣りはしない。というか、小年のころは竹竿で、厚別川によく釣り糸を垂れたことがあった。橋の上に寝転ぶようにしてフナやハヤ(ウグイ)を釣り上げた。まわりには誰もいない。昭和20年代で、川はまだ清流(?)だった。といっても、わたしがトラコーマと中耳炎に悩まされた原因は、川での水泳だったはずだから、清流とはほど遠かったに違いない。
釣りの本はよく読んだ。井伏鱒二の『川釣り』(1951 岩波新書)には、釣りの名人(?)に髭(白髪)を抜かれ、それを毛針にされた話が出てくる。同じような話は、志賀直哉の白髪が、福田蘭童に拝借され、毛針と化して、じゃんじゃん釣果をあげるという『志賀先生の台所』(現代企画室 1977)に出てくる。
2冊はエッセイ集で、どちらも秀逸だ。開高健は、井伏の釣りに影響を受けたようだ。開高の釣り紀行は、本、文庫本、TV、講演等でことのほか堪能した。ただし開高の「自然破壊」論は、面白いが、否、面白すぎて、反文明論の方へ飛んでいく。
福田蘭童は、絵画「海の幸」で有名な奇人青木繁の息子で、あの新諸国漫遊記「笛吹童子」(ラジオ放送)の主題歌シャラーリシャラリーコ、シャラーリシャラレーロの作曲家で尺八奏者、多芸多才の人で、満蒙の馬賊さながらの紀行の人で、紳士でもあった。この点では、筆と竿の芸で通した固執の人、井伏とは対照的だ。
蘭童のエッセイ集は、再刊に値すると思われることずーっと主張してきたが、すでに旺文社文庫で出ていた(1982 ことは知らなかった)。
そういえば、今度一万円札になる渋沢栄一の長男の長男(孫)として生れた敬三は、敗戦直前、日銀総裁になり、敗戦直後、大蔵大臣になっているが、民俗学のパトロンで、「アチック・ミューゼアム(屋根裏博物館)」はその拠点である。わたしの好きな岡正雄、宮本常一、石田英一郎、今西錦司、梅棹忠夫、網野善彦、伊谷純一郎ら猛者のパトロンだった。蘭童のエッセイに、その大物(財界人)渋沢敬三が登場する。これ読んでおくと、男気の意がわかる。
2 三宅雪嶺を再開。15年、『日本人の哲学』を完結したとき、息も絶え絶えだったから、予想だにできなかった。雪嶺哲学体系序説の『宇宙』の内部展開で、1『人類生活の状態』(上下)、2『学術上の東洋西洋』(上下)、3『東洋教政対西洋教政』(上下)、4『東西美術の関係』の計7冊、4350枚(400字詰め)。「序説」宇宙を加えると、5000枚になる。
以上1哲学論は終わり、次いで、2歴史論、3人生論、4時局論に移る。一番の難所はすぎた。そう思っている。出来れば長くせず、500枚程度に納めたいと思っているが、……。
それでも、思うことがある。私の『日本人の哲学』(全5刊全10部)を仕上げる前に、雪嶺論を仕上げるつもりだったが、もう5年しかないというように、何か時間が切迫しているように思えた。
だが体調は戻りつつある。頭のほうは戻らないが、「一歩前進二歩後退」でもいいじゃないか。