..◆190517 読書日々 934
愚知は「親が頑丈に作ってくれて!?」だ
1 連日、好天が続く。15日(水)、ひさしぶりに街に出る。はじめて防寒具なしだ。電車と地下鉄を乗り継いで、先ず「タパス」にたどり着く。イタリア料理屋ではなく、典型的な居酒屋だ。4時開店、いつものように初客で、開かれた戸口から入る風が気持ちいい。退職時から通いだした店で、客筋もよく、というか、財布の厚い御仁に背をむけた営業方針らしく、短い時間を気持ちよく飲ませてくれる。おそらくわたしが通う最後の店になるだろう。
それにしてもすすきの街の北外れ一帯の飲み屋は、ついに伊藤さんの店「桂」一軒を残してすべて店を閉じた(ようだ)。第5グリーンビルの「木曽路」も今月で閉めるという。まだ女将は若い(はずだ)。その木曽路に足を運んだが、今日は予約で満杯だという。それではと「草地」に席を移したが、「高屋敷」(南7の4)が閉まったと店主にいうと、店を移した、ついては電話をしてくれ、つれてってやると、「5-3ビル」にまで同道してもらう。ありがたいことだ。草地と高屋敷は、ドリームフードの生き残りである。
高屋敷は、わたしが最初に足を入れたスナック(?)で、最初はアメリカンスタイルのバー(バーサン)であった。長大なカウンターが伸び、バブルがはじけた残骸のなか、ほとんど客がいないときから飲みはじめる。しだいに常連客が集まり、年齢不詳の女たちがカウンターの過半を占め、それぞれ歌を披瀝するのを常とした。みんな上手かった。
バブルが潰れたころからわたしの財布が絶好調となり、あちこちと店を渡り歩いたものの、舌が災いして、そのほとんどから追い出しを食らった。もっともその全部の店がいまはない(と思う)。
高屋敷に、新規開店を祝う客、その顔をうっすら覚えている常連が集まってくる。1時間ほどいて、妹が開く「きらく」にいく。ドクター藤田と、遅れて入ってきた画家の豊田さんと別れ、迎えの車で帰宅した。酔いの回りがめっぽう早くなる。
2 少し集中して仕事をしている。「諭吉の事件簿Ⅲ」の最後の仕上げを進めている。何か、上手くいっている予感だ。トイレ本は、あいもかわらず山本夏彦の著作(短文コラム)で、再読だ。
3 20世紀から21世紀の変わり目、集中して政治状況の分析に精力的に取り組んだことがある。それをブログで書き継いで、披瀝した。中心は小泉の構造改革だった。
わたしの結論は、日本を普通の国にするという看板の小沢「日本改造計画」があったが、小沢が自分で「計画」を投げ出し、小渕が拾いあげ(中央省庁再編・統合)、小泉がその実行の一端を示した。その後、安倍・福田・麻生がごちゃ混ぜにし、鳩山・小沢の民主が「国民第一」とかなんとかいってひっくり返そうとしたが、自滅、安倍長期政権になった。
日本人は、いつから、働く=仕事することが災厄で、「学ぶ・仕事のすすめ」をやめてしまった感がある。
2000年、アメリカの大学を調査したことがある。日本がダメなのは、日本人がレージ(lazy)になったからだ、とタクシー運転手にいわれた。クソと思ったが、オレは違う、と反論しようと思ったが、たしかに大学教授はレージそのままである。何、アメリカの大学教授だって、学生だって、よくよく見れば、要領のいいのはいるが、クレイジなほどに働く人間は希の希だ。でもそれが御時勢か、と思えた。「男は黙って仕事をすべし。」である。
4 退職して困ることが一つある。酒場でよく、「家で何しているの?」と聞かれる。「仕事をしている。」と答えると、不思議な顔をされる。現役のときも、「大学教授は、休みがあり、ひまでいいですね」、とよくいわれた。ま、わかんないだろうね。「休日」はフルタイムで仕事が出来るのだ。退職して7年、たしかにスタミナがなくなった。でもね。「仕事」があるから楽しい。仕事を造るから興奮できる。ドラッカーではないが、日本人は75歳まで現役を続けることができる。
これをいうわたしは「もう」77才だ。75才、疲労困憊の上、便器から立ち上がれないほどになり、「幕は閉じた」と書いたが、しばらくすると、また机に向かっている。親のおかげだね。頑丈に作ってくれて、と愚痴のような言葉を吐いている自分に気づかされる。