読書日々 997

◆200731 読書日々 997 気車の話と小説
 朝まだき曇天である。多少蒸し蒸しする。今日も、この日記執筆を含め、同じペースでゆきたいものだ。
 昨日、スパゲッティ(100g余)をゆで、つくりおきのカレーをかけたのをメインに食したが、うまかったが少しく重かった。朝10時の定食である。
 そうそう、ベランダの鉢植え(2年目)は今年も茄子だが、小茄子ではなく本格派で、かなり大きな実をつけはじめた。茄子は大飲水家で、二日に一回はどっぷりやらなければならない。べたっとしおれかけた葉がしぐ生き生きと風になびくさまを目にすると、もうそれだけで気持ちが良い。
 1 昨年12月、ローカル線で、秋田・新潟・東京・福島・山形・青森と転線してきた。山形は、最上川中流沿い、敗戦前後、斎藤茂吉が郷里に、その近辺の大石田に隠棲したゆかりの地を、車中からではあったが眺望し、「逆白波」に、またドラマ「盤上の向日葵」のローカル線に思いを馳せ、雪景色を存分に堪能してきた。先日、その近辺が濁流に襲われた。大決壊に至らなかったのが不幸中の幸いと思えた。
 茂吉は破天荒かつ破廉恥ともいえる人柄で、その心的「弟子」ともいえる中野重治とは両極端のように見えて、太くつながっている。あっ、『万葉秀歌』(岩波新書 昭13)の「上」を、学生時代、古本屋で見つけたとき、「犬も歩けば……」と思えたときの幸福な記憶が蘇った。あの表紙の端が欠けた本は残っているはずだが。
 2 吉田健一『気車旅の酒』、宮脇俊三『昭和時刻表』、関川夏央『気車旅放浪記』、そして芦原伸『どんこうにっぽん縦断』を並べてみると、作品のよしあしは別にして、時代の変化のコントラストが如実に見えてくる。ただし、これは年齢(生きた時代の違い)には関係ない。芦原は「旅行」家であるが、宮脇や関川は「歴史」家であり、吉田は「歴史」を超えた歴史家=小説家=評論家である。
 だから吉田『書架記』(中央公論社 1973 〔中公文庫〕)をパラパラめくっていると、ヴァレリイやプルウスト等「前衛」の「分析」(反対にジッドやドストエフスキイの小説的擬似小説)とともに、『気車旅の酒』の文庫版に付された「東北本線」「道端」という「小説」が奇妙でもなくスッと胸のなかに入ってくる。
 いまは「現実」だったかどうかの記憶もさだかでないのに、少年期、野幌原生林中に実在した「瑞穂の池」で一人「遊んだ」記憶が何度も蘇ってくる。でも、そこへ学校の遠足で行ったことはあったが、一人で行けるような場所ではなかった。それに(現在同様)極端な怖がりだった。しかも蛇等爬虫類の棲み家だった(ように思える)。
 でも吉田の『気車旅の酒』、とりわけ二本の「小説」(短編)を読むと、わたしのなかで池への道中の記憶が次から次に蘇ってくる。不思議だが仕方がない。池は、ぽっかりと光のなかにあった。
 3 10万円、妻とのを含めて、20万円振り込まれた(そうだ)。コロナ、爺婆にはイイネ。それに、わたし、2月に2つ葬式があり、2月に1回(新さっぽろ)、3月に1回(3条通り)友人に会っただけで、4ヶ月あまり、部屋に「蟄居」している。週一で近くのコンビにに煙草等を買いに行くことはあるが。ポケットに入る程度の、いわば買い食い(?)だが。
 だから「仕事」が進むかというと、1日100頁のノルマをようようこなせる程度。もちろん書くのではなく、読む(レジメを作る)のである。遅遅としたものだが、雪嶺の隔日(新聞連載)コラム、7年分をようやくこなしたが、まだ4冊半(2000頁)残っている。
 海軍のクーデタ事件(5/15 昭7)を「非常時」と規定した雪嶺である。「北支事変」(昭12)の勃発で、「戦争(と生活)」への突入を語り、英仏米ソに対し全面戦争の機、至る、として対支戦勝利をかかげた。論調は後戻り不可能さながら、日米開戦まで4年余、日支戦争は「泥沼」へと進んでゆく。雪嶺、ブレーキの「ネジ」が飛んでしまった。