◆200807 読書日々 998 「日本帝国の根底は全体主義」(?)
 風のない穏やかな日が続いた。もっとも暑さが滞留するということでもある。それでもこの蒸し暑いお盆の前後は、わたしにとってはむしろ気分がいい。今日は湿度が高く、時々雨交じりの風が窓を強くたたく。低気圧が日本海の北に張り出していることが原因のようだ。ま、そんなことはいまの「わたし」にとってはどうでもよいことに属するが。
 朝から人・車、そして函館本線と千歳線に挟まれたこの三角地帯にあるわが部屋には、外部音がほとんど聞こえない。
 1 雪嶺の「隔日」コラム11+0.5年分(=4680枚)に集中しているため、まとめて他の本に手を伸ばすことができないできた。それでまたもや鮎川哲也の傑作アンソロジイをパラパラめく羽目に陥っている。このアンソロジイまさに文学「オアシス」なのだ。
 NHKの旧版、「シルクロードを行く」の再再放送で見るオアシスは、天山山脈の雪融け水が環流する農耕地で、まるでわたしのオアシス観とは異なっているが、やはり旱天に慈雨のたとえに通じる。
 何度か書いたが、「鉄道ミステリー傑作選」と銘打たれた『下り「はつかり」』『急行出雲』『見えない機関車』の新書版(光文社カッパノベルズ)をアマゾン(古書)で購入して、読んでみてほしい。3冊で1週間楽しむことができる、と請け合ってよろしい。このアンソロジーは、すべて鮎川選による、しかも懇切丁寧な「解説」が付いている。ミステリの「本道」を進もうとした鮎川の日本ミステリ「史」の道筋(文芸の歴史は作品史の他にない)でもある。
 2 もし三宅雪嶺論(「異例の哲学」)を上梓できることができれば、鮎川論をものしてみたい、という思いが徐々にわき上がってくるのを禁じえない。
 実に欲張りだな。自分でもそう思える。『日本人の哲学』全5巻を書き終えたとき、「幕は下りた」と書いた。『福沢諭吉の事件簿』全3巻を終えたとき、もし許されるならば、三宅雪嶺の哲学を書き終えたいと祈願した。その途上において、次に、鮎川論というのだ。
 まず体が、寿命が許さないのでは、と思える。気力、とくに記憶力もとみに減退した。それでも新しい目標ができたね。もちろんミステリ研究家の手になるものではない、鮎川論になると思うよ。
 だが、「対象」はなんであれ、研究というのは「読解」である。「読解法」こそ哲学の本道だ。(なんだ、アルチュセールや吉本隆明、そうそう柄谷行人の尻馬に乗ってのことのように思えるだろう。その通りだが、自分で読解した〔『日本人の哲学』で例示した。柄谷は、てんで違う方向に飛んでいってしまった。〕結果でもある。
 3 雪嶺はついに、「帝国は根底に於いて全体主義」である、と断じた。仏パリが陥落し、独に降伏した時を期してである。昭和15年だ。
 「全体主義」であるべきだ、という主張ではない。じゃあ、全体主義とは何か? 伊のファシズム、独のナティズムを例にとっているが、独裁(議会の解消)=政府・軍・財界の一体化である。ずいぶん乱暴な意見だ。ナチは、国家社会主義を標榜し、議会を解消した軍事優先の戦時体制国家である。同時に忘れてならないのは、「私有権」を制限したが、否定しない。基本は、産=民有・国営である。じゃあ日本は国家社会主義の基本(根底)はどこから始まったのか? 日本国内、さらには韓・台ですらない。「満鉄」だ。民有(制)で中央政府・軍が「統括」した。国家社会主義の実験・実践である。
 じゃあ、満鉄→満州独立(「国境」)を死守するために日支「戦争」を限定するという「国策」を立てたか? 明らかにノウである。「停戦」を予定していない「戦争」である。「侵略」だ。
 昭和15=1940年、雪嶺、81歳だ。どこで日本の方途を読解できなくなったのか? その日付が「隔日」コラムを読むと、はっきり見えてくる。何を見落とし、おろそかにし、目標を見失ったのか、である。恐ろしいね。