読書日々 999

◆200814 読書日々 999 大久保も星も原も、暗殺された。伊藤もだ。
 涼しい。薄着のためか、鼻水が止まらない。ま、早朝のことだから、通常か?
 1 雪嶺の隔日コラム、いよいよ米に宣戦布告する日時を迎える巻に入った。
 10冊目『爆裂して』(1941/8~42/8)である。雪嶺の「戦時記」の真価がいよいよ問われる段になる。
 雪嶺は「必勝」を期してこのコラムを記している。わたし(鷲田)は、壊滅的敗戦を前提にこれを読んでいる。雪嶺は明らかに短絡的になっている。同時にそのショートカットをいわば埋め草記事で済ませようとしている。いよいよ以て胸苦しい。
 雪嶺の人物評には定評がある。なかに大胆・鋭利なのもある。大久保利通を嫌悪しながら維新三傑の最良政治家とみなす。藩閥維新体制政治の中核としてだ。西郷も木戸も、敢えて手を汚すことをしなかったといっていいのだ。
 この大久保に真っ正面から対立し、引くことをしなかったのが肥の江藤新平(法務卿)で、論争では勝てない大久保は陰謀によって、江藤を佐賀の乱の主犯に仕立て上げ、晒し首(梟首)に処した。雪嶺は、最後にすがった江藤を見捨てた西郷の鈍感さにも筆誅を加えている。
 政党政治において大久保の位置を占めるのが、雪嶺の見るところ、星亨である。わたしの解するところ、大久保がいなければ、第二次三傑、伊藤・大隈もそして反星の山県も生れなかった。そして、星亨がいなければ、原敬以降の「憲政の常道」を謳った政党政治も生れなかったということだ。この星、白昼、議会内で伊庭想太郞に惨殺された。(はたして誰の指令か?……)
 2 だが、雪嶺、「大日本帝国の勝利」を祈念するあまり、21世紀の英雄として、独のヒットラー総統を、20世紀の大ナポレオン皇帝に比す段になると、正気!? と叫んでしまう。
 もちろん「正気」なのだ。全体主義=挙国一致=新体制を戦勝のシステムとみなすからだ。
 だが、スターリン書記長も、ルーズベルト大統領も、戦後の一時期、ヒトラーが精神障害者、悪鬼夜行の人士とされたのに対し、英雄中の英雄と見なされた。毛沢東をそれにくわえてもいい。戦後は、ヒロヒトラーなという蔑称を使う人もいたが、人の評価は「状況」次第という側面が色濃い。
 じゃあ、人間の評価はむなしい試みに過ぎないとみなしたいのか? そんなことはない。
 星亨は、「押し通る」といわれたほど、「目的」完遂に対して、強引であった。「目的が正しければ、すべて良し。」というマキャベリズムを地で行く。どんな「悪評・非難」や「攻撃」に対しても、一身で受けて乗り切る(押し通る)気概を示した。その原の押しを実行した原も暗殺された。朝鮮を日本の植民地とすることに反対した伊藤も暗殺された。
 雪嶺は、自分では星亨の万分の「押し」もなしえないし、悪評や攻撃を一身に受けることに耐ええない。少なくともそう自覚している。一身をきれいcleanに生き抜きたいと考えている。だからこそ、ぬしろ星を大きく評価する。
 3 鮎川哲也は1960年、『憎悪の化石』と『黒い白鳥』で日本探偵作家クラブ賞(現在の日本推理協会賞)を受賞した。遅きに失した受賞だが、41歳である。東直己さんが『残光』で同賞を受賞したのが、2001年、45歳の時だから普通といえば普通かも知れない。ただし鮎川は処女作『ペトロフ事件』を1950年に書き、60年に単行本化されている。しかし処女著書は『黒いトランク』(1956)で、鮎川名義としての最初の作品だ。というか、日本推理作品の最高峰に位置づけられるといってもかなわない。
 何度か書いたが、江戸川乱歩はなかなかの政治家で、松本清張の『点と線』(1958)をことのほか高く評価したが、推理小説評論家としては、『黒いトランク』をはるかに高位につけたと考えたい。もっとも、ゲーテはヘーゲルの『精神現象学』を謹呈されて、難しくて放り出したということもあるから、乱歩にして同じようなことがあったかも知れない。わたしは75を過ぎて、『黒いトランク』を一読、メモと鉛筆を片手に呻吟したが、一読では暗闇や靄なかにいる感を味わった。でも面白い。