読書日々 1030

◆210319 読書日々 1030 吉村昭『ひとり旅』
 3月下旬に突入。気候良好、気分は沈静
 1 「最後の随筆集」と銘打たれた、吉村昭『ひとり旅』(2007 〔文春文庫〕)は、実に吉村さんらしい。妻の津村節子が「序」を書いている。亡くなって、こんな「追悼文」を妻に書いて貰ったら、いうことはないね。
 吉村さんの、外連味のない生きっぷり(manners)が好ましい。書きっぷりもそれに似ている。ただし気になることがいくつかある。その第一が「史実」、「史実」を連発することである。足で、何度も何度も納得するまで現場に行き、現に体験した人とか記録に当って、書く。現場、百回。それはいい。だが、そうして集めた、「日記」や「記録」や「実話」などをひっくるめて、「史実」と見なしているかのようなのだ。
 対して学者の書いた「著作」などは「虚構」の類であり、それをもとに書かれた歴史物(小説)は、「史実」を反映していない、とバッサリ切り捨てている。たとえば、坂本龍馬の「薩長同盟」などは史実に基づかない「虚構」=でたらめ話だというようにだ。ま、司馬『竜馬がゆく』などがその典型なのだろう。
 だがである。司馬さんは「史実」などをもとに時代小説を書いたのではない。逆だ。「史実」などがあるとも考えていない。司馬遷に遙かに及ばないというペンネームを使ったが、これは「謙遜」なんかじゃない。惚れ惚れするような「男」(日本人)の典型を書きたい、と念じ続け、書いたのだ。司馬遷の遙か遠くまで行かないと、書くことなどとうていできない。
 司馬遷「史記」と同じように「日本書紀」(日本紀)も歴史書(history his-story=物語」である。『聖書』はバイブル(本)だが歴史書でもある。「史実」を反映した書だ。もちろん、日録であれ実話であれ、記録=記述である。書かれたものだ。「史」=「文」=飾りである。「史料」=「史実」ではないのだ。つまるところ第一次史料であれ、研究書であれ、書かれたものであり、「史実」などではないのだ、という前提に立って、史料を判読しなければならない。
 これを反面から見ると、史実とは書かれたものであり、虚構である。だがそれがいかに読む人を納得させるかにかかっている。作家とは、小説家にかぎらず、「嘘」をまことしやか(seeming truth)に書く人のことだ。「史料」はその虚構をまことしやかにする「飾り」に他ならない。
 自分の足(五官)で納得したものしか書かない、は司馬さん、吉村さんに共通したマナーだ。ただし、「史実」に対する考え方が、司馬さんの方がずーっと柔軟だと思える。
 2 最後と思って書きあげた『日本人の哲学』(5巻)で、半年くらい足腰が萎えて、まっすぐ歩くことが出来なかった。小さな溝を跳び越そうとしても、足が地面から離れない。跳び上がることが出来ないのだ。でも一夏すぎるとどうにか正気が戻って、『福沢諭吉の事件簿』’3冊)を書きあげることが出来た。
 余勢をかって『三宅雪嶺 異例の哲学』に取りかかった。というか、2005年くらいから、日本人の哲学、福沢を書きあげることが出来たら雪嶺を書こうと心決めし、その膨大な、しかも入手が容易でない(高額もあって)著作を集め始めていた。
 吉本隆明が戦後思想(哲学)の代表者だとするなら、雪嶺は明治維新から敗戦までを駆け抜けた戦前思想(哲学)の代表者である。隆明に戦後思想のすべてが凝縮されてあると同じように、雪嶺に戦前思想のすべて(その良質なものと誤謬)がある、といっていい。
 雪嶺を書いている途次、「全体主義」とは何か、ひいては日本の「全体主義の起源」は何か、という問題に想到し、P・ドラッカーの処女作『経済人の終わり』(1939)を読んだ。「ホモ・エコノミクスの終焉」は、1980年を挟んで論壇に現れたキイワードである。それをドラッカー(1909~2005)はすでに1930年代に、ナチス・ドイツの全体主義批判をテコに書きあげていたのだ。もし、雪嶺を書きあげたストレスが多少沈静したら、思想家(社会生態学者=哲学者)ドラッカー論、全体主義批判を書きたい、そう思える。中心概念は「関係の第一次性」つまりは「重層的非決定」である。雪嶺-隆明を繋ぐ基本概念だ。ドラッカーを経営思想などに閉じ込めておくのは、ドラッカーの本意に反する。