読書日々 624

◆130615 読書日々 624
ひさしぶりの雨で、砂川行きはむしむしする
 1日遅れになった。他意はない。昨14日から『日本人の哲学3 政治の哲学』(200枚予定)をぼちぼちと書きはじめた。それに熱が多少はいって、はっと気がつくとam10時になっていた。この日、砂川市の福祉課で講演を頼まれ、そちらは準備完了していたが、11:29分の電車に乗らなければならない。山一つ越えた室蘭線の古山駅から乗る。文字通りのローカルである。ひさしぶりに背広を着る。雨がぼちぼち落ちてきた。朝、涼しかったのに、がら空きの一両仕立てのワンマンカーに座ると、急にむしむししてきた。
 12:02岩見沢につき、キヨスクで弁当を求め、滝川行きのローカルに乗り、開く。豚丼で、飯が少ないので助かる。あいかわらずむしむしする。30分あまりで到着。
 滝川駅には福祉課長の中村さんが迎えに出てくれた。少し時間があったので善岡市長と談笑、砂川市の現況を聞く。興味ある話題を提供してもらった。会場はたいそう立派なホールで、講演は1時間半、いつものように冷や汗の時間だった。それでもひとまずは任務は果たせたのではあるまいか。焦点は、自分でいきいきとした暮らしを発見し創造する、それができなければ朝一番「仕事」をする、である。やる仕事を持ち、毎日それを続けることが、最上の幸せ・喜びの源泉だ、というのがわたしの実感にも叶っている。「何をするか」からはじまるのではなく、とりあえず手近にある、なじんだ仕事をするのもいい。
 この1週間、『日本人の哲学2 文芸の哲学』(720枚)を出版社にわたし、息抜きもあって、『福沢諭吉の事件簿』1・2の原稿(800枚)を読み直してみた。といってもデジタルでである。3を書く準備のためもある。1回中断すると、前の呼吸に戻るのがとても難しい。時間がかかる。とくに事実とエピソードと少しの創造的アクセントで仕上がる時代小説で、しかも主人公は周知の諭吉である。その欠点も含めての人物像だ。ただし時代小説であるが、現代語オンリーで書く。3回目の改稿だが、自分の物なのになかなかおもしろく、少し手を入れたりなどして、予定以上に時間がかかった。『日本人の哲学』と平行して、何とかこれも完成させたい。時代小説の方がスムーズにゆくと思ったが、評伝を書くよりはるかに難しい。
 もう1つ、『三宅雪嶺 異例の哲学』は100枚で止まっている。哲学・歴史・時局・人生論を編別に織り込んだ、万延元年生まれで昭和20年の敗戦後になくなった、この希有な日本人を哲学者の典型として書いてみたい。書き残したい。それがどんな意味を持つのか、わたしにも判然としないが、福沢諭吉も雪嶺も、「日本人の哲学」のいわば外伝である。
 7月上旬、『理念と経営』の対談で上京する予定。山口周三(『南原繁の生涯』教文館 20120925)さんとの対談で、テーマは南原繁である。全面講和論を唱えて吉田茂に「曲学阿世」(「史記‐儒林伝」の曲学をもって時勢や権力者にこびへつらい、人気を得るような言動をすること〔日本国語大辞典〕)と言わしめた政治哲学者で東大学長である。山口さんの著書は大著である。でもとても読みやすい。副題「信仰・思想・業績」も内容にふさわしい。丸山真男・福田歓一編『聞き書き 南原繁回想録』(東洋大学出版会 1989)を一読すると、南原の記憶力の確かさに驚嘆する。宗教上は内村鑑三の「弟子」で、法哲学者三谷隆正(キリスト者で長谷川伸の異父兄弟)の親友である。
 南原は、カントやフィヒテ哲学の研究者で、『フィヒテの政治哲学』(岩波書店 1959)を引っ張り出してきたら、書き込みが散見する。フィヒテの「封鎖商業国家論」は、一種の共産主義論で、ベルリーン大学初代学長として『ドイツ国民に告ぐ』を書いたフィヒテの面目躍如たるところがある。南原はカントの『永久平和のために』をモデルとした国際連盟が主導する平和世界を理想として高くかかげたが、共産主義にも、その弟子の丸山真男とともに強い共感を持っていた。わたしの哲学徒時代の勉強テキストになった思想家の一人である。