◆230428 読書日々 1140 開拓使払い下げ問題(1)
「黄金週間」に入る。寝具は、すでに毛布を一枚のぞき、電気アンカを外したが、足許がおぼつかない気がして仕方なかった。それが今日、寝苦しくて早朝に目ざめたのである。
ま、老人の早起きだということもあるが、わたしは少年期から、総じて早起きであった。父母はなぜか遅起きで、高校時代から弁当は(長姉が炊き)自分で詰め、6時台の列車に乗らないと始業時には間に合わなかったので、早起き励行の癖がついたのかもしれない。これが学生以降も性向となり、定年(70歳)後はむしろより早く起き、パソコンを開くようになった。
1 「払下げ問題」は「開拓使(官有物)払い下げ」にかぎらず、とても難しいテーマだ。このほかに、2つのケースについて考え、書いたことがある。短くいう。
私有物売却問題は、バブル期に日本の私企業がアメリカのエンパイヤー・ステート・ビル(私有財)を買ったとき、アメリカの「象徴」を金の力で奪い取った、「アメリカの恥辱」だ、許せないなどという声があったかもしれないが、私的取引である。日本でバブルが潰れて、米企業が買い戻した。これが市有財産制度のルールである。ところが公有財の場合は簡単ではない。
第1ケース。
かつて夕張市が財政破綻が陥ったとき、「負債償還」の方策として、市有財(特に土地・施設)を売却する案に、市民だけでなく、多くの人が反対あるいは難色を示した。再建委員会の専門委(アドバイザー)も、売却に難色を示し、結局、管理運営を私企業に一括任す案に落ち着いた。だが、結局、引き受けはしたものの、私企業も営業不振を理由に手を引いて、市の土地・建物・機材等の多くが、宝の持ち腐れならぬ、廃物・非利用・赤字拡大類になった。
第2ケースは、郵政民営化にともなうケース。
郵便局は、全国各地に多くの職員保養施設(かんぽの宿)を保有していた。それらは公有財だったが、民営化決定後の2009年、かんぽの宿は、老朽化もあって、「営業」不振に苦しめられ、一括民営企業に譲渡することに決まりかけていた。ところが、郵政を所轄する鳩山邦夫総務大臣が「公正入札」とはいえないと批判し、結果、企業は手を引き、2019年まで暫時、譲渡、営業停止、棄却等々を進めたが、ついに最後の宿が、2023年1月、営業停止した。この15年間、累積赤字はいかばかりになったろうか? 1000億を下るまい。それでも「日本郵政」は優良企業である。夕張市とは違う。痛くも痒くもなかったのだろうか?!
2 開拓史官有物払下げ問題。
わたしは、開拓史官有物払下げが、五代友厚の関西貿易社に払下げられていたら、北海道の経済「自立」への道は、もっと速やかに進んでいたに違いない、と考えている。
この払下げ問題は、「明治14年政変」と密に絡む問題であった。だがまず、払下げ問題である。
明治十四年七月、黒田長官の部下であった安田(大書記官〔官房長〕)や折田(権大書記官)が職を辞し、「北海社」を設立、開拓使廃止を期して開拓使経営の倉庫、地所、桑園、牧場、ビール醸造所、葡萄酒製造所、ラッコ猟場、缶詰製造所、船舶等を、総額三十八万円余、三十年年賦、無利子という条件で払い下げられることを開拓使に申請した。
同七月、五代を筆頭とする大阪商法会議所の豪商たちが設立した「関西貿易社」が、岩内炭鉱、厚岸山林の払い下げによって、石炭、木材を海外に輸出し、北海道沿岸の海産物を採取して、内地の需要を満たそうとする事業を開拓使に願い出た。
この二つの申請が同時に閣議にかかり、まず関西貿易社が許可になる。しかし、黒田と、その下僚の安田等、そして五代と、払い下げに関わった中心人物は全部薩摩閥であり、薩摩閥による官民癒着であり、北海社は関西貿易社すなわち五代の「隠れ蓑」であるとの批判の嵐が、新聞等を媒介にいっせいに巻き起こった。火をつけたのが大隈重信(参議筆頭)であり、それに風を送り大火事にしたのが福沢諭吉、岩崎の一統である。(続く)