◆131129 読書日々 648
司馬遼太郎の短編全集は歴史の宝庫だ
11/28 ホテルで目を覚ますと、みぞれまじりの雪が降っている。かなり大量にだ。車は大渋滞というわけではないが、低速で走らなければならない。豊平川縁の一条大橋の手前で、前の車が急ブレーキを踏んだので、危うく追突するところだった。凍っていたら事故は免れなかっただろう。
ひさしぶりに司馬遼太郎の短編全集を取り出して読んでいる。7巻(1963.1~63.6)で、「割って、城を」から読み始めた。古田織部正が主人公だ。信長に仕え、利休の弟子になり、秀吉の茶道頭になって小大名に、関ケ原では東軍につき家康に仕え、大坂の陣で家康暗殺に走った。いま「時代劇チャンネル」でやっているアニメ「へいげいもの」の主人公で、戦国期を特異な変わり身で生きた趣味大名で知られるが、司馬は早くから自分の分身を作り、家康暗殺計画露見後に切腹したのはその影武者であった、という結構を鮮やかに描いている。
司馬さんの短編集『戦国の女たち』(PHP文庫 2006)に解説を書いたことがある。「司馬の時代小説は文学ではない」というほかに「司馬は女が描けない」という「通説」めいたものがある。二つとも通弊にすぎないということを書いた。短編集を読むといっそうよくわかるのだ。
「虎徹」は近藤勇の愛刀で、清麿作(?)の真っ赤な偽物だが、この剣こそが本物の虎徹より近藤になじんだ、という話である。「上総の剣客」「軍師二人」「千葉周作」等々、長編でも活躍する主人公が登場する。こういう言い方をしたらあまりにもありきたりになるが、すでに谷沢先生が寸言したように、司馬は長編に登場する主人公や群像のエピソードや人物像を短編で素描した、といってもいいだろう。ただしそのデッサンが自由闊達である。いっそう深掘りの場合だってある。ときに大長編が生まれそうな機運を感じ取ることができるのだ。
ホームズものに、『シャーロック・ホームズを訪ねたカール・マルクス』(中央公論社 1982)という変わり種がある。作者はアレクシス・ルカーユ(1951~)で、訳者はクンデラ(『存在の耐えられない軽さ』やグリュックスマン(『思想の首長たち』)の翻訳や紹介で知られるフランス文学者の西永良成(1944年~)である。1891年、ホームズはライヘンバッハの滝でモリアーティとの死闘の末姿を消した後、オーストリーでフロイトの治療を受けたとか、チベットで修行したとかという「大空白」時代がある。しかしこの作品でマルクスがホームズを訪ねたのは1871年で、ホームズが探偵コンサルタントをはじめた1877年よりかなり早く、ワトスンに出会っておらず、「定説」(?)からいうとまだ10代という勘定になる。もっとも、ホームズが生まれたとされる1854年はあくまで「推定」である。ただしマルクスが1871年にこそホームズを訪れる必要(必然)はあった。パリ・コンミューンの成立である。この革命の「大立て者」として知られるマルクス暗殺計画阻止が、マルクスから依頼されたホームズの使命となる。ホームズが使命を終えてマルクス宅を訪れたとき、まず「ヘレン・デムス」がドアを開いた。私たちには、マルクス夫人つきの召使いで、マルクスの子を産んだヘレン・デムートだ。
11/15の読書日記で紹介した芦田宏直(このときは未知)さんが、「早稲田で樫山金四郎(ヘーゲル『精神現象論』の訳者で女優の文枝の父)さんの門下生のようだが」と書いた。しかしご本人から、「私はジャックデリダの研究者・高橋允昭(故人)やハイデガー研究者・川原栄峰(故人)に長い時間の薫陶を受けた者です。樫山先生は(私の入学時には)すでに体調を崩され、長い時間の指導はもはや時遅しという状態でした。彼のヘーゲル論理学研究に決定的な影響を受けましたが(現象学論は好きではありませんでした)。」という「訂正」が入った。芦田さんにお詫びをするとともに、正確を期しておきたい。
亜璃西出版社で「自費出版」部門を活性化する手伝いをはじめて半年になる。それで送られてくる原稿を積極的に読んでいる。北方文芸で編集していた時代の「徒労」を再び味わっているが、必ず珠玉の作品が現れることがあると信じるほかない。むしろどんどん送られてくることを願わずにはいられない。どういう形にしろ、読むことだけはお約束したい。ただし、送り手の「礼儀」もわきまえて欲しいことを願いたい。