『「自分」で考える技術 』が20年余、版を改めて刊行される!
本書は単行本から二十年余、文庫本から十五年をへて、ここに版を三たび改め、出版されることになりました。多くの読者に出会えたこと、今回またそのチャンスが与えられたことは、著者冥利に尽きます。
「自分で考える技術」、これが与えられたテーマです。「技術」を強調する理由は、大きくいって3つあります。
第1に、誰でも、きちんとステップを踏んでいけば、到達できる思考のあり方を、「技術」という言葉で示したかったからです。
第2に、「技術」は人間が作ったものです。しかも、どんどん「進化」してゆくものです。時代の進展に応じて、思考も「進化」することを、「技術」という言葉で示したかったのです。
第3に、高度技術社会、情報社会における「思考」のあり方を、「技術」という言葉で示そうとしたからです。
私の努力は、「考える」ことを、天才たちの仕業である「アート」(芸術)から、解放するということに集中しています。もっとも、思考の天才たちは、すべてとはいいませんが、思考を技術化することを中心課題として、考え、書いたのです。その中心に、哲学者たちがいました。「思考の技術化」をテーマーにしたこの本に、「現代人のための新哲学入門」と名づけた理由が、そこにあります。
一九九三年一月 雪の馬追山にて 鷲田小彌太
第1に、誰でも、きちんとステップを踏んでいけば、到達できる思考のあり方を、「技術」という言葉で示したかったからです。
第2に、「技術」は人間が作ったものです。しかも、どんどん「進化」してゆくものです。時代の進展に応じて、思考も「進化」することを、「技術」という言葉で示したかったのです。
第3に、高度技術社会、情報社会における「思考」のあり方を、「技術」という言葉で示そうとしたからです。
私の努力は、「考える」ことを、天才たちの仕業である「アート」(芸術)から、解放するということに集中しています。もっとも、思考の天才たちは、すべてとはいいませんが、思考を技術化することを中心課題として、考え、書いたのです。その中心に、哲学者たちがいました。「思考の技術化」をテーマーにしたこの本に、「現代人のための新哲学入門」と名づけた理由が、そこにあります。
一九九三年一月 雪の馬追山にて 鷲田小彌太
最初の単行本「あとがき」(1993年)です。幸運なことに30数刷りを重ねることができました。
※ 2014/8/14 追加
北海道新聞「書評欄」20140803 掲載
北海道新聞「書評欄」20140803 掲載
