◆140711 読書日々 680
開高健は早世したが、幸運な作家だ
1 7月8日は女房(規子)の67回目の誕生日だ。前日まで本人が68歳になると思い込んでいたらしい。9日、千歳市の南端、新興住宅街にあるイタ飯屋で昼飯を食べた。誕生記念を祝ってだ。わたしの家では特別あらたまって誕生祝いをしないのを習慣としてきた。日は照っているが、風の冷たい日だった。カルボナーラはほどほどに旨かった。そういえば、巡礼の旅で食べたスパゲッテイは、団体食だったので、見かけに似合わずおいしくなかったのを思い出した。
2 退職してからも、ときにというか、月に一回程度、新規の注文が入る。幸運のかぎりだ。
集英社インターナショナルの季刊誌『kotoba』の開高健没後25周年特集で『輝ける闇』と「わたし」の関係というテーマで12枚を書けという注文が来た。それでというわけではないが、再読した。この作品はとくに強く印象に残っている。開高を書く機会が何度かあったが、そのたびに再読、三読、xx読してきた。毎回、許すかぎり新しい本で読むようにしてきた。今回は、書棚に文庫本がないということがわかり、購入した。(文庫本で読んだはずだが、だれかにあげたのだろうか?)2013年1月15日、35刷りである。一瞬、ほーっという声が出た。
作家は死んでも作品が残る。読まれる。こういわれる。しかし、総じて、名は残っても、読まれない、買われない。それがほとんどの作家の運命だ。日本で最も多く買われ、読まれている作家は、赤川次郎だ。世界でもベスト10内に入るそうだ。(ちなみにNo1はクリスティだそうだ。)それにまだ現役だ。旺盛に書き続けている。だが赤川が亡くなると、その作品は買われ、読まれるだろうか。難しいだろう。その作品と言動で数々の話題を提供したベストセラー作家の渡辺淳一も亡くなったが、今後どれくらい読まれるだろうか。新規の話題がなくなる。買われるのは総じて難しいのではないだろうか。
3 開高はそれほどたくさんの作品を残したわけではない。ベストセラー作家ではない。いちばん売れたのは『オーパ!』らしい。もっとも生前と没後、2度ほど全集が出たし、デジタル版全集も小学館で出ている。デジタル版は買っていないが、死後、目立つ程度には文庫本も新規に出ている。まだ読まれ続けている証拠ではないだろうか。『輝ける闇』の初刷は68年、文庫版は82年、そして10年に改版されている。相応に読まれ、売れていることになる。
開高の強みは、「開高第一!」という猛烈な編集者がいることだ。背戸逸夫もその一人だ。開高の作品がわからなくて、文学がわかるか、人間が、食い物が、酒が、釣りが、女が、とりわけ「文」の豊饒さがわかるか、と息巻く文学偏向の編集者であり、物書きである。TVの製作者、ディレクタ、諸々である。最近も、島地勝彦が「全身編集長~文豪から学ぶオトコの生き方」(2013年11月27日、NHK・BSプレミアム)でとんでもないというかとんでもありの開高を演出させた。島地はもと『プレイボーイ』の編集者で、開高の快作・人生相談・連載「風に訊け!」の担当者だった。まずいというかすごいのは、島地が「全身開高健」(ただし開高役は飲んべえの新井浩文)で登場してくることだ。
ま、わたしも酔ってくると、しばしば、開高はグルメじゃない、グルマン(大食い)にすぎない。開高に酒がわかるはずがない。とくに日本酒はわからない。総じてこの世代は、戦後のメチルまじりの悪酒で舌が壊れてしまったのだ。微妙な日本酒の「差異」(ディファレンス)やグレイゾーンがわっかってたまるか。ただしあきれるほどに、見事に気持ちが悪くなる程度にはスタイリストである。どさ回りの役者然じゃないか。等と悪口をたたく。「これほど俺が惚れているのだから、悪口の二つや三つ、いえて当然じゃないか。いえなくてすむか」等という理屈である。悪女の深情けに近い。