読書日々 682

◆140725 読書日々 682
中村さんの新刊本で傾ける一献、数献
 1 7/23 中村嘉人さんの『いまからでも遅くない』(言視舎 2014.6.30)が出た。新聞等に書いたコラム、とりわけ親しい人の「死」にまつわる話が中心になっている。一献もうけたいと思い、「たぱす」で4時の約束をした。やってきた中村さんは、病気上がり、予想したど腰がふらふらだった。すぐ遅れて古書肆の吉成さんがついた。朝日新聞にフリーの職を得た井上美香さんにもメールした。
 「たぱす」はいつもより集まるのが早く、すぐに10人ばかりのカウンターは満席になった。ビールを飲み、ぶどう酒を飲むにしたがって、中村さんのメートルがあがってきた。最後にはわたしが飲んでいたハイボール(これが中村さんのいちばんの好みだ)をダブルで注文する。気炎を吐き始める。
 中村さんの新刊は、いわゆる「メメント・モリ」memento mori がテーマだ。「死を忘れるな」という意味の言葉だが、「楽しく生きよ」という意味にもつながる。そういえば同名の小説があった。拙著に『理想の逝き方』(PHP文庫 2012)がある。もうずいぶん前のことになると思っていたが、出たのはわずか(?)2年半前のことにすぎない。有名人101人の死にまつわるエピソード、メモリーを書いた。阿達(新書編集長)が別なポジションに転ずるので最後のコンビ仕事となった。「死」は人生の「極点」であるが、「幸福」の終わりでもあれば、「不幸」の終わりでもある。中村さんの本は、「死」のなかに人生の滋味をより多く折り込んだエッセイ集である。中村さんのいちばんの苦痛は、だいすきな旅行を単独では出来なくなった(ドクター・ストップ)ことだろう。人生は「旅」の一種である。これはつらいと思う。
 2 「たぱす」の口開けは4時である。寸前に着いたが、何度か顔を合わせたことがある先客がいた。ついでやはり女性の客がきた。この店にはふさわしくない(失礼!)美形で、しかも常連らしい。その上、京大の哲学科の大学院に行っている、ローマ大を出た才媛とのことだ。近・現代のイタリアに哲学研究者はいたっけ? ドイツもイタリアも、そしてフランスも、戦後は哲学者の墓場と化した感がある。そうそう小説「バラの名前」のウンベルト・エーコがいる。もっともわたしの知っているイタリア哲学者はすくない。クローチェ、ラブリオーラ、ネグリ、グラムシ、デラ・ボルペ等、マルクス主義との関連で読んだ人たちばかりだ。
 6年前になるか、ミラノのスカラ座にいったときだ。目抜き通りの大きな書店のショウウインドウ一杯に、エーコの著作が表紙を見せて積み上げられていた。店はがら空きで、ディスプレイ中のエーコの最新作「プラハの墓場」というフィクション(?)を一冊買おうと思ったが、たしか800頁で2000円しない値段だったのに、重くてどうにも持ち運びが難しそうだったので、やめた。中学時代の校長と同じ名で、この片桐さんという、50代、井上さんと同じくらい(彼女も美形だ)の年齢の妖艶な人は、エーコの先生筋の人を研究していて、エーコの『論文作法』という研究論文を書く人なら誰もが読んでためになる本を、原著で読んでいる。わたしの『入門・論文の書き方』(PHP新書 1999)はエーコの本(ただし訳書)があったから書けたようなものだ。拙著は、たしか4万部近く売れたが、「入門」書ではない。ただしエーコの本より売れていると思う。改稿して『定本 論文の書き方』としてぜひ残したいと思っている本だ。
 3 中村さんが「元気」になりすぎたので、急いでタクシーを呼んで、帰還願った。それから「元気」が出たわたしも、井上、吉成、それに片桐さんも誘って「福長」へゆき、さらに井上、吉成と「桂」へ、一人になってひさしぶりに「高屋敷」に足を入れて、予想どおうり誰もいない店でこれもひさしぶりに演歌を唱い、ふらふらになって「桂」に戻ったところで有三「義」弟にバッタリ。ホテルは近くのはじめて泊まったところだが、ちゃんと歯を磨いて寝たようで、朝起きて、シャワーに当たり、七時には車を走らせていた。まるで無茶だね。
 7/25に、新刊が出来上がる。600頁を超す『日本人の哲学3』(言視舎)で、政治・経済・歴史の哲学を書いた。買って、ぜひ読んでほしい。まったく難しくない。