読書日々 1180 宮沢俊三風

◆250118 読書日々 1180  宮崎俊三風
 1 毎年、この時期、風邪を引く。恒例というわけではないが、それでなくても足腰が弱っている。ま、手足も意想通りには動かない。まずいと思うが、古器だ。ぼちぼちやるしかない。
 それで、新著のゲラが届いたが、まだ開封とあいなっていない。申し訳ない。
 トイレ本は、宮脇俊三『時刻表一人旅』(講談社現代新書(1981)。一度読破しているが、なんとか細かい活字を裸眼で読んでいる。推理小説の最高峰は鮎川哲也『黒いトランク』である。宮崎さんの本を愛読する1つの契機となった。
 宮崎さんの「時刻表もの」=「鉄道旅もの」は、ずいぶんというか、ほとんど全部読んで来た(はずだ)。この人、中央公論の編集者で、常務取締役まで登ったが、早期退社し、鉄道(時刻表)もののエッセイに健筆を振るった。そうそう、ミステリも書いている。その数ある著作中の圧巻といえば、父親とともに山形の地方線に乗って、小さな駅頭広場で、天皇の敗戦「詔書」を聴く下りだ。わたしより一回りうえの世代の複雑な時代を生きた人の鼓動が聞こえるようだった。
 2 宮崎さんは、中公の『日本の歴史』『世界の歴史』を編集し、中公の長期低落を止めた功労者と聞いていたが、このシリーズには私も大いに世話になった。というか、戦後の「歴史認識」を、司馬遼太郎とともに、ぐーんと広げた功績の一端は、宮崎さんの「頭」腕に負うところ大ではなかろうか。ただし、この人が書く「歴史物」は、面白くない。というか、一寸ずれている。半ば歴史専門学者に遠慮してなのか、司馬さんのように、坦々と入っていかない。
 3 私の友人に、岩波新書や中公新書が高級(スタンダード)な読み物だと思っている人が数人いる。もちろん、岩波や中公新書に、「傑作」とよぶべき書物はあるが、大半は、紋切り型のものが多い。宮崎さんの本は、そんなものと類似点はない。
 昨今、鉄道ブームである。それはいい。だが、誰も行かないところに行った、すごいのだ、という類いの体験は、「鉄路の体験」とは無縁じゃないのか? 私の鉄路の旅は、そう言えば、宮崎さん風だ。