◆150605 読書日々 727
ニューヨークと宮本美智子あるいは「長いお別れ」
ニューヨークはアメリカではない。だがこれはNY市(city)のことで、NY州(state)のことではない。市はエスニック(人種)の坩堝であり、白人は40%の少数派で、しかもワプス(白人・アングロサクソン・プロテスタント)は5%前後にすぎない。数からして目立たないが、目立たない生活をしている。ところが州になると、白人は80%に迫る。この数字は、かつての同僚である堀川哲『ニューヨークで暮らすということ』(PHP新書 2001)のものだが、わたしのニューヨークは、映画と小説、大部分は書籍や雑誌からのものだ。圧巻は、宮本美智子(文)・永沢まこと(イラスト)『ニューヨーク・エスニック図鑑』(草思社 1980)である。宮本については何度か書いたことがある。
《『世にも美しいダイエット』(講談社 1994年)という本がある。じつに美しい本だ。(夫の永沢まことの手になる)表紙も挿絵もみごとに美しい。著者の宮本も十分に美しい。女房がもっていたのを寸借して読んだが、いまは自分の書棚にある。宮本は北星学園大出身(英文)だから、女房の二級上に当たる。
宮本は北海道は富良野に生まれた、好奇心旺盛・アメリカ(英語)大好き人間で、卒業後すぐにアメリカに留学し、すぐに結婚・出産し、ニューヨークに十七年間在住、美術関係のプロデューサーをしながら作家活動をはじめた。じつにパワフルである。もっとも宮本らしい作品は、『アメリカ人の日本人観―240人のアメリカ人とのインタビュー』(草思社 1982年)だろう。八六年本拠地を東京に移した。
この『世にも……』は大きな反響を呼び、かなりの信奉者を生んだ。それはたんなる美しく痩せる本ではなく、美しく生きる本、それも体にも頭にもいいおいしい食事をする生き方を「指導」する人生論的要素を強く含んでいるからだ。一見して「教祖」の香りがする。「まえがき」にこうある。
〈これはひとことで言うなら血液と内臓をきれいにする食事です。だれもがいずれ歳をとり病気に直面するわけですが、病気にならないよう、まずは血をきれいにすることから始めるのです。そのきれいな血を体のすみずみまで十分に行き渡らせるようにすることで細胞を若返らせることが可能なのです。〉
表紙の折り返しにも大書されているこの惹句を読んで、いくぶん腰が引けるのはわたしだけではないだろう。「唯血論」ではないか。米飯、牛乳、生肉の類は食べないには、おっと思えた。それでもつぎつぎに紹介される食べていいもの(料理)はおいしそうだ。じっさい女房に作ってもらったパスタ類は絶品である。そして読むのは面白いが、その主張が極端なのだ。巻末直前頁に掲げられた「血」をきれいにする「世にも美しいダイエット 7つのルール」にこうある。
1 糖分を徹底してとらない。(もちろんアルコールもだ。)
2 お腹の中で腐りやすいものをとらない。(アイスクリームもダメ。)
3 野菜を「主食」とし、タンパク質と炭水化物を「副食」と考える。(タケノコは永久追放。)
4 油脂類はべに花油とバターの二本立てでたっぷりととる。(マーガリンは禁止。)
5 水を大量にのみ、塩分もそれに応じてとる。(いつでもどこでも水をとる。)
6 カラダを毎日、十分に動かす。
7 食べたものは速やかに出す。(三食三便が理想。)
宮本は一九九〇年ころからこの食事「療法」をはじめて、大成功、体も人生もみちがえるほど美しくなった、と断じる。しかしである。九七年六月十三日、彼女は急性多臓器不全で急逝した。五十一歳(?五十二歳)の短い一生であり、「美しい」人生のあっけない終わりであった。
文庫本『世にも美しいダイエット』(講談社 2000年)のあとがきに、医師のことばが紹介されている。
〈病気になるには、ある個人が持っている遺伝子(体質)と環境(生活習慣)が関係します。「世にも美しいダイエット」の理論背景であるM先生の治療法は、食事や運動等の環境を変えることで病気と闘う自然治癒力を引き出す治療法です。ですから、昭和30年代以降に増えた環境の変化による病気、例えば、糖尿病やアトピー性皮膚炎等には劇的な効果があります。しかし、遺伝的要素の強い病気に対しては、どんなに環境の方を変えても一定の限界があることが事実です。宮本さんは、遺伝的素因の強い脳血管の脆弱性(弱さ)のため、若くしてこの世を去りました。遺伝子の呪縛から逃れられなかったわけです。〉
この通りだと思う。わたし個人は、美しくダイエットして、美しく「晩年」を生きた宮本さんに悔いはなかった、美しい死を迎えた、と思いたい。ただし、「唯血」論をうかがわせる食事療法は、極端に偏し、そのひとの生死(人体と人生)を戒律で呪縛する、一種の新興宗教をもうかがわせるものである、とすぐにつけ加えなければならない。美しさはもっと「ゆとり」のあるものではないだろうか。》(『理想の逝き方』PHP文庫 2012)
昨日、映画『ロング・グッドバイ』(1973)を観た。これは観ていなかった。原作からかなり離れた作品だ。NHKでリメークした連続ドラマ(佐野忠信主演の、センチで気取った、ドタバタ駄作)はこの作品をリメークしたのだろう(?)。主演のエリオット・グールドのものも、観たことはない。共演のカレン・ブラックや、元妻のバーブラ・ストライサンドはよく知っている。チャンドラーのマーローものは、TV連続ドラマを含め、ずいぶん観たのに、これを観ていなかったので、不思議な気がした。