◆250207 読書日々 1183 吉村昭と緒形拳
新宿、八重洲等々の小さな酒場でよくよく飲んだ。ゴールデン街はまだ健在(?)らしいが、八重洲の軒を並べた低層・極小の飲酒街はもはやない。特に「だぼ鯊」の天ぷらは、美味かった。私と同じ歳の店主・高橋さんは、郷里(八街)に戻ったが、健在かしら。
ゴールデン街に足を入れた当初、私の職業は建築現場監督やひょっとして警官かと思われた。
同じように、静かな大酒飲みに、吉村昭(1927~2006)がいた。わたしより一回り年上の作家だが、酒場では警官あるいは組のものとよく間違えられたらしい。つまりは「人相・風体」がよろしくないというか、「知的」でないのだ。その吉村さんの本を長編から短編、エッセイに至るまで、よくよく読んだ。今もときに開く。時代・伝記小説をたくさん書いていることにもよるが、取材(とりわけ図書館)によって小説を書くスタイルに魅せらるからだ。
私はと言えば、図書館も図書館員も、ま、私的な知的経験の範囲内だけに限ってだが、知的な人・場所とは到底思えなかった。もちろん、札幌大学の長谷部宗吉さんのような人は例外としてあったが。
吉村さん、その小・青年期、敗戦で家業は傾き、自身は肺結核で死線をさまよった。作家の道に入っても、長く光が当たらなかった。『戦艦武蔵』(1966)で脚光を浴びたが、特異分野の特殊な書き手とみなされてきた。ドキュメント作家というふうにだ。しかし短編集『帽子』を手に取れば、何の「変哲」もない人々のふれあいを見事に描いている。
私は、長い間、緒形拳の最後の登場作品「帽子」の原作は、シナリオ池端俊作とのみあったが、吉村作品に違いないと思ってきた。あまりにも、緒方の演技と、その後の人生のピリオッドの打ち方が、吉村風に思えたからだ。
これは、緒形拳の作品と吉村昭の作品の中に、共通するものを求めていた、私自身の「錯覚」が生み出したものに違いない。