読書日々 489

◆160115 読書日々 489
「ハンサム・ウーマン」ブーム?
 1 1/14 この地に来て30年、最大の地震にあった。ぐらっときて、10秒近く、横揺れした。もっとも、小学の時(1952)に起こった十勝沖地震に比べると、あのときは厚別の自宅近くを走っていたメインストリート、旧12号線(国道)に地割れが生じ、小学校の煙突がすべて倒れたのだから、揺れの大小も長さも、今回のほうがずっと小規模に感じられた。とはいえ、TVで震度は長沼が4とある。書庫の本棚が大揺れした。ちょっと不気味な音を立てるのだ。残響音はもっとイヤだ。ただ2冊本が飛び出しただけだった。
 馬追山の中腹に居を移したのは、景観のよさだけでなく、洪水が起こらない場所を選択基準にしたからだ。石狩川水系の千歳川と夕張川をかかえこむこの水田地帯は、もとは湿地帯で、江別から恵庭まで、全域、水害の地であった。いまもある。浪人中、大阪で第2室戸台風に出会ったが、上町台地を除いて、全市水没状態になった。YMCA予備校の地下は土砂(ゴミ)で埋まり、悪臭を放った。もちろん、厚別の実家も、何度か水害に遭っている。地震は一瞬だが、水害は長期で、いちばん辛いのは、「水」の確保である。70年代の長沼大水害のときは、わたしの家の道路向かいにある池が水補給所になったそうだ。
 2 『谷沢永一二巻選集』浦西和彦編「上 精撰文学論」ができあがる。浦西さんは先生の直弟子である。電送された菊地さんの素晴らしい装丁のラフを見た。すぐに、故谷沢先生がどう思ってくれるか、という思いが去来した。
 まだ実物(見本)は手にしていない。奥様がいちばん喜んでくれるといいのだが。皆さん、谷沢文学論の「精髄」がぎっしり詰まった編集になっていますので、ぜひ、お手元においてください。これまでの文学識とは異なる、ちょっと激しいが、誰にでも通じる人間」観を下敷きにした文学論である。「下」はわたしの編になる。今年中に出せたらいいのだが。
 3 山本七平論(500枚)も、ようやく終盤になった。通常、ここからは一気呵成なのだが、今は、これまで書いた全部にもういちど目を通している。最後に「昭和天皇論」と「時評」を論評できればいいと思っている。今回、自分の書いたものを再読し、推敲するのは、何度に及ぶのかわからないが、もう手放す段階に来ているのかな、と思える。歳をいく(晩節になる)と、この「断念」が難しくなる。「次」が確約されていないせいだろう。だんだん寂しくなるが、ま、しかたない。
 4 正月は坦々と過ぎた。NHKの朝ドラ「あさが来た」のキイマン、五代友厚に興味を持ったのか、妻が、わたしが観るTV音を引き戸の裏で聴いているだけなのに、新刊の宮本又郎『商都大阪をつくった男 五代友厚』(NHK出版 15.12)を買ってきて、読んだそうだ。わたしも買おうと思っていた本なので、お下がりをいただいた。五代とモデルになった広岡浅子(三井家出身)の直接の出会いはなかったようだが、靱(うつぼ)公園近くの五代の家と、浅子が嫁いだ加島家は近い。ただし浅子が本格的に実業界に打って出るのは、五代の死(1985 明18 50歳)の後だ。浅子が発案してでき、辣腕を振るった加島銀行は、第一次大戦の好景気で大きくなったが、浅子の死(1919 71歳)後、金融恐慌に堪えきれず、分割され、1937年、廃業に追い込まれている。
 ま、朝ドラである。基本は「ロマンス」である。「事実」と違ってもいい。しかし、今回の好評は何故なのだろうか。従来の上方、あるいは大阪ものとはちょっと色合いが異なる。やはりビジネス・ウーマンパワーなのかな。そういえば、わたしの上の娘も、あさ同様の「ハンサム・ウーマン」だ。このところハンサム女ばかりが登場しているように思えるが、周囲を見渡すところ、そういう人が多い(すぎる)ように思える。これは「ブーム」なのではなく、動かしがたい、しかも歓迎すべき「現実」だろう。